戦争法の強行に満身の怒りを込めて抗議し、戦争法の発動をゆるさず、子どもと教育を守るため、全力をあげてとりくみます

戦争法の強行に満身の怒りを込めて抗議し、戦争法の発動をゆるさず、子どもと教育を守るため、全力をあげてとりくみます

2015年9月19日
大阪教育文化センター

 9月19日未明、自民党・公明党などは、参議院本会議で戦争法案を強行採決しました。大阪教育文化センターは、この暴挙に対し、満身の怒りを込めて抗議し、戦争への暴走ストップ、戦争法の発動をゆるさず、全力をあげて子どもと教育を守る決意を表明するものです。

国会審議をとおして明らかになった4つの大問題

 第1の大問題は、戦争法が明らかに憲法違反であるということです。

 そもそも戦争法は、集団的自衛権行使の具体化です。集団的自衛権とは、日本がアメリカといっしょになって海外で戦争する国へとその国の形を変えることを意味します。そのことは、国会審議をとおして具体的に明らかにされました。国会審議では、防衛庁がつくったイメージ図が明らかにされ、そこでは、敵潜水艦を攻撃している米軍ヘリが、自衛隊のヘリ空母で給油し、また敵潜水艦を攻撃する事態が想定されています。これはまさに、米軍と一体になった武力行使そのものであり、武力行使を禁止した憲法9条に真っ向から違反するものです。

 戦争法が憲法違反であるということは、圧倒的多数の憲法学者が指摘しましたが、それにとどまらず、歴代内閣法制局長官、元最高裁判事、最高裁長官までが主張するにいたりました。戦争法が憲法違反であることは、明々白々の事実として示されました。

 憲法違反の法律はその存在そのものがゆるされないものです。憲法違反の法律を強行した安倍政権と自民・公明の責任はきわめて重大です。

 第2は、立憲主義の否定です。

 この戦争法のおおもとには、昨年7月1日に安倍内閣がこれまでの憲法解釈を根底から覆し、「憲法9条のもとでも集団的自衛権行使は可能」とした閣議決定があります。これまで歴史的に積み上げてきた憲法解釈を一内閣が一片の閣議決定で覆すことは、立憲主義の否定すそのものといわなければなりません。まさに改憲クーデターというべきものであり、断じてゆるせないものです。

 第3は、そもそも戦争法案をつくる必要性について説明がつかなくなってきたことであり、立法事実不存在ということが明らかになったことです。

 安倍内閣は当初、戦争法をつくる必要性について、一つは、日本人が乗っているアメリカ艦船が攻撃されたときにこれを守るため、とイラストまで使って説明しました。ところが、国会の最終盤になって、「日本人が乗っていなくても集団的自衛権の発動はありうる」と答弁しました。当初述べていた根拠を自ら覆したものです。

 いま一つは、「ホルムズ海峡の機雷掃海」のため、というものでしたが、それも国会最終盤になって「現実の問題として想定しているものではない」と答弁しました。これも当初述べていた根拠を自ら覆したものです。

 これらは、戦争法を策定する根拠そのものがなくなったということであり、戦争法をつくる理由について説明がつかなくなったことを明らかにしたものです。まさに立法事実不存在であり、本来ならば、戦争法案そのものを撤回すべきものです。これをゴリ押ししたというのが、今回の強行採決といわなければなりません。

 第4は、民主主義破壊です。

 戦争法案の審議がすすめばすすむほど、国民の中に、反対世論が広がり、「戦争法案反対」は、どの世論調査でも過半数を超えました。また、「今国会で採決すべきでない」という意見は6割を超え、「政府の説明不足」という国民の声は8割を超えました。また、国会審議では、政府はあらゆる問題で答弁不能に追い込まれ、参議院段階だけで実に111回も審議が中断しました。国会最終盤では、安倍首相自身が「国民の理解を得られていない」と述べるにいたりました。

 このような状況で採決をおこなうなど、絶対にあってはならないことでしたが、安倍内閣と自民・公明は9月17日、テレビで繰り返し放映されたように醜い姿を国内外にさらして、安保法制特別委員会で採決を強行しました。まさに民主主義破壊の暴挙といわなければなりません。

空前の規模で広がった国民の運動、これからも止まらない

 一方、国民の運動は、空前の規模で広がりました。とりわけ、若者の立ち上がりが大きな特徴です。

 この間の動向だけをみても、8月30日の国会前行動には12万人、同日おこなわれた大阪扇町公園には2万5000人。これをはじめ、国会での重要段階を迎えた9月14日には国会前4万5000人、その前日の13日には大阪ではシールズ関西をはじめ11の青年グループが主催した御堂筋パレードに2万人、広島では7000人の人文字、京都4700人、福島2500人、鹿児島2000人、高知1800人、名古屋では、集会のわずか6日前に結成したばかりのシールズ東海が主催した集会とデモに1500人と、全国各地でかつてない規模での反対運動が展開されました。強行採決は断じてゆるせませんが、今回の国会における強行は、これらの反対の声と運動に追い詰められた結果であるといわなければなりません。

 戦争法は強行されましたが、これで終わるものでは決してありません。

 参議院の中央公聴会で公述人として意見表明したシールズの中心的メンバーの奥田愛基さんは、その意見陳述の中で「戦争法案が強行採決されれば、全国各地でこれまで以上に声が上がるでしょう。連日国会前は人であふれかえるでしょう。私たちは決して今の政治家の方の発言、態度を忘れません。次の選挙にももちろん影響を与えるでしょう。私たちは学び、働き、食べて、寝て、そしてまた、路上で声をあげます」と述べました。また、委員会での強行採決がおこなわれた9月17日、TVインタビューに応じた20歳の女子学生は、「これからが正念場です。私は声を上げ続けます」と胸を張って語っています。

 いま、国民一人ひとりが主権者として立ち上がっています。そして、その中心は青年・学生です。これこそ未来への大きな希望です。それは、憲法が示す平和主義、立憲主義、民主主義を実現しようという新しい動きであり、新しい政治をつくる胎動といって過言ではありません。こうした動きに合流し、戦争法の発動をゆるさないとりくみを大いにすすめましょう。

「『戦争する国』の人づくり」=安倍「教育再生」をゆるさない

 戦争法を強行した安倍政権は、戦争法による「戦争する国づくり」と一体に「『戦争する国』の人づくり」である安倍「教育再生」の具体化を、いっそう強めてくる危険性を持っています。しかし、憲法違反の戦争法強行には、必ず歴史の審判が下されるでしょう。そして、「戦争する国づくり」と一体、「子ども不在」の安倍「教育再生」も憲法と教育の条理に真っ向から背くものであり、子ども、父母・国民、教職員の支持を得ることは絶対できません。

 私たちは、そのことに確信を持ち、安倍政権による「戦争への暴走ストップ」のとりくみをいっそう強めます。そして、子ども・若者を二度と再び戦場に送らない、という決意も新たに、現場教職員、父母・府民、研究者のみなさんとともに、安倍「教育再生」の具体化をゆるさぬとりくみを、大いに強めていきたいと考えています。

父母・府民のみなさん、力をあわせて子どもと教育を守りましょう

 父母・府民、教職員のみなさん。いまこそ力をあわせて子どもと教育を守りましょう。子どもたちの未来を閉ざす戦争への暴走をゆるさず、子どもの未来を守り、子どもたちとともに、未来をきりひらきましょう。そのための大きな力が憲法であり、教育の条理です。

 戦争への暴走ストップ!憲法と教育の条理に立脚して子どもと教育を守ろう!大阪教育文化センターは、父母・府民のみなさんに心を込めて呼びかけるものです。

  

<声明>戦争法案の委員会採決強行に満身の怒りを込めて抗議し、あらためて戦争法案の廃案を強く求めます

戦争法案の委員会採決強行に満身の怒りを込めて抗議し、あらためて戦争法案の廃案を強く求めます

2015年7月15日
大阪教育文化センター

 自民・公明の与党は、7月15日午後、衆議院平和安全法制特別委員会で、戦争法案の採決を強行しました。大阪教育文化センターは、戦争法案の強行採決に、怒りを込めて抗議するとともに、あらためて戦争法案の廃案を強く求めるものです。

 この戦争法案は、圧倒的多数の憲法学者が違憲と指摘する、文字どおり憲法違反の法案です。戦争法案の本質は、日本が武力攻撃を受けていなくても、アメリカの起こす戦争に日本が無条件で参加するというものであり、憲法9条のもとでは絶対に許されない集団的自衛権行使を可能とする法案です。

 この本質が明らかになるにつれ、どの世論調査を見ても、国民の6割がこの戦争法案に反対、また、今国会で成立させる必要でない、も6割を超え、8割を超える国民が、政府の説明不足を指摘しています。

 自民党の党内からも、また安倍晋三首相自身が、本日の委員会質疑で、「国民の理解が進んでいないのも事実だ」と答弁しているように、まさに国民不在の強行採決と言わなければなりません。

 この戦争法案について、大阪教育文化センターは、6月27日に開催した運営委員総会で、「憲法違反の戦争法案の廃案を強く求めます」という決議を採択しました。その決議の中で、この法案の持つ問題点について、第1に憲法違反であること、第2に、異常なアメリカいいなりのもとでの戦争法案であること、第3に、過去に起こした戦争を侵略戦争と認めない政府がこの法案を提出していること、という3つの重大問題を指摘しています。この重大問題は、その後の国会審議をとおしても、いっそう明らかになっています。

 今回の採決強行は、国民の声に耳を貸さず、憲法違反という指摘も無視して、国会内の多数によって強行したものであり、憲政史上大きな汚点を残すものと言わなければなりません。

 憲法違反の戦争法案を、民主主義をもじゅうりんして与党のみの賛成で採決を強行したことは、日本の未来、子どもたちの未来にとって重大問題であり、厳しく抗議するものです。

 私たちは、あらためて、戦争法案を廃案にすることを強く求めるものです。

  

<決議> 憲法違反の戦争法案の廃案を強く求めます

<決議> 憲法違反の戦争法案の廃案を強く求めます

2015年6月27日

大阪教育文化センター運営委員総会

 安倍内閣は、昨年7月1日の閣議決定にもとづき、今開かれている国会に戦争法案を提出し、国会で審議がおこなわれています。国会審議をとおして、戦争法案の重大な問題点が浮き彫りにされてきました。

 第1は、この戦争法案が憲法違反であるということです。

 6月4日に開かれた衆議院憲法審査会では、自民党推薦の参考人もふくめ、すべての参考人が、憲法違反という見解を示しました。また、6月22日の衆議院安保法制特別委員会での参考人質疑では、元内閣法制局長官がそろって憲法違反を明言しました。

 このように、集団的自衛権行使を可能とする法案は、まさに憲法違反であり、強行することは断じて許されません。

 第2は、異常なアメリカいいなりのもとでの戦争法案であるということです。 日本はこれまで、「トンキン湾事件」から「イラク戦争」に至るまで、アメリカが起こしたいかなる無法な戦争であっても、これを違法であると反対したことは一度もありません。そうした政府がアメリカの起こす無法な戦争への参戦に「ノー」ということができるはずもなく、無条件に参戦するということにならざるをえないという重大な危険性を持つものです。

 第3は、過去に日本が起こした戦争を侵略戦争と認めない政府が戦争法案を強行しようとしていることです。

 日本が引き起こした過去の侵略戦争に対する反省がまったくない政府が「海外で戦争する国づくり」に乗り出すというこれも極めて重大な危険性を持つものです。

 国民世論を見ても、6月23日付朝日新聞の世論調査では、集団的自衛権を使えるようにしたり、自衛隊の海外活動を広げたりする安全保障関連法案について、「反対」が53%で「賛成」の29%を大きく上回っています。また、今国会で成立させる「必要はない」は65%で、「必要がある」の17%をこれも大きく上回っています。さらに共同通信社が5月30・31日におこなった世論調査では、政府が戦争法案を「十分に説明していると思わない」との回答は81.4%にのぼっています。にもかかわらず、自民・公明両党は、国会会期を戦後最長の95日間延長し、9月27日までとする案を国会で強行しました。戦争法案強行のための会期延長は、まさに暴挙と言わなければなりません。

 戦争は、最大の暴力であり、国民のくらしや安全を根底から覆すものです。そして、何よりも子どもたちの未来を閉ざすものです。大阪教育文化センター機関誌『おおさかの子どもと教育』80号に寄稿した高校生は、こう語っています。「安倍首相は、集団的自衛権や戦争立法の説明をするとき、『平和』と『安全』という言葉を何度も使っていました。でも、私は『平和』と『安全』と『武力行使』がどうしてつながるのか、どうしても納得できません…戦後日本は一度も外国に対して武力行使せず、世界の国々から治安のいい、平和な国だと思われてきました。でも戦争立法によって他国でも武力行使ができるようになったら、きっと世界の日本に対する印象は悪い方に変わってしまうと思います…集団的自衛権を行使する事態が起こった時、実際に海外へ行って活動するのは私たち若い世代の人です…集団的自衛権のことや戦争立法のことはクラスの全員、ひいては日本全国の人が自分のこととして考えなければいけないことだと思います」

 高校生は、そして子どもたちは、戦争法案について真剣に考え、その危険性を見抜いています。そして、心から平和を望んでいます。私たちは、この子どもたちの願いにこそこたえなければなりません。

 子どもはその存在そのものが希望であり、その存在そのものが未来です。子どもたちの未来を閉ざす戦争法案は、廃案しかありません。

 そのため、私たちは、平和を願うあまたの人びとと手を携え戦争法案反対のとりくみを強化するものです。

 以上、決議します。

  

「大阪市廃止・分割」否決の住民投票の結果を心から歓迎します

大阪教育文化センターは、5月18日付で、以下の声明を発表しました

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「大阪市廃止・分割」否決の住民投票の結果を心から歓迎します

―力をあわせて、大阪の教育を前進させましょう―

2015年5月18日 大阪教育文化センター事務局

 5月17日投開票でおこなわれた「大阪市廃止・分割」の是非を問う住民投票は、賛成694844票、反対705585票で、「大阪市廃止・分割」は否決され、大阪市が存続することとなりました。大阪教育文化センターは、この投票結果を心から歓迎するものです。

 この間の論戦をとおして、いくつかの重要な問題が明らかになりました。

明らかになった4つの重大問題

 第1は、「都構想」というが、大阪都にはならず、今回の住民投票は、大阪市をなくし5つの特別区にしてしまってよいのかどうかを問うものであるという事実が広く明らかにされました。

 第2は、大阪府と大阪市に二重行政はない、という事実も明らかになりました。橋下・維新の会が二重行政としてあげていた府立急性期・総合医療センターと住吉市民病院、大阪府立大学、市立大学などは、二重行政どころか、大阪市民にとってなくてはならない施設であること、最後に持ち出してきたWTCとりんくうタワービルは、バブル期のゼネコン奉仕の政策の誤りであり、二重行政ではないことが明らかになり、橋下・維新の会がいう「二重行政のムダをなくすための『都構想』」という根拠そのものが崩されました。

 第3に、この間の維新政治が府民いじめ、市民いじめであり、「大阪市廃止・分割」は、この維新政治をこれからも存続させることであることが明らかにされました。敬老パスは廃止しないといっていたのに有料化する、お年寄りの足として大切な役割を果たしていた赤バスを全廃する、新婚家庭への家賃補助を廃止する、などのお年寄りから若者までのいじめ政治の実態があらためて明らかにされました。

 第4に、橋下「教育改革」は、文字どおり子どもいじめであり、子どもを大事にしない政治を続けさせてはならないということが明らかにされました。

橋下「教育改革」ノーの審判

 大阪の教育にかかわって、橋下・維新の会は、大阪市の教育予算は、ここ4年間横ばいであるにもかかわらず「教育費を5倍、6倍にした」というデマまで使って、あたかも教育に力を入れてきたかのように見せかけてきました。

 しかし、実際は、橋下氏が大阪府知事であった3年9カ月の間に大阪府の教育予算を600億円も削減し、池田小学校事件を契機に学校に配置されていた学校警備員の予算を全廃したこと、府の独自配置の教職員も全廃し、教育条件を大幅に低下させてきたことが明らかにされました。

 その一方で、「教育は2万パーセント強制」という特異な考え方にたって、「強制と競争、管理の教育」をすすめてきた結果、大阪府の校内暴力発生件数は全国ワースト1、高校中退率、高校生の不登校率もワースト1、大阪市においては、橋下氏が市長になってから、小中学校の不登校率が約1.5倍に増加するという事態になっており、子どもたちが苦しめられている実態が明らかにされました。このもとで、「子どもたちは私たちの希望」「子どもたちを苦しめる政治に未来はない」という声が大きく広がりました。

大阪市を愛する共同の力の大きな前進

 特筆すべきは、このたたかいをとおして、これまでにない共同が広がったことです。政党では、「大阪市がつぶされようとしているときに自民党も共産党もない」と、自民党、民主党、公明党、共産党がそろって反対の声をあげました。大阪府医師会、歯科医師会、薬剤師会も反対、大阪市地域振興会、大阪市商店会総連盟も反対運動をすすめました。

 今回の「大阪市廃止・分割」反対の結果をつくりだしたのは、こうした共同の力の総和にほかなりません。

大阪の教育を前進させる共同を大いにすすめよう

 大阪教育文化センターは、この間、共同研究集会や機関誌『おおさかの子どもと教育』などで、橋下「教育改革」の持つ重大な問題点を告発するとともに、「はじめに子どもありき」の立場に立った教育活動こそが、それとの対抗軸であることを積極的に発信してきました。大阪教育文化センターは、この住民投票の結果をふまえ、大阪の子どもと教育を守る共同の一翼を担い、教育現場と研究者、父母・府民、市民と結び、いっそうとりくみを強化するものです。

  

中原徹教育長の罷免を強く求めます

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パワハラ教育長に教育を語る資格なし

中原徹教育長の罷免を強く求めます

2015年3月4日
大阪教育文化センター

 中原教育長のパワハラ問題について調査をおこなっていた第三者委員会による調査報告書が2月20日に発表されました。

 この報告書では、中原教育長がおこなったパワハラの実態が詳細に明らかにされています。たとえばある職員に対しては、「人を刺しに来るときは、刺され返されることを考えてからやらないと」と卑劣な言葉で威圧、恫喝し「そういう人が一匹いれば同じようなものが何匹もいる」と、およそまともな人権感覚の持ち主であれば口にできない言葉でののしっています。また、別の職員に対しては、「邪魔になっているので仕事を外れてください」「教育監や教育次長さんと相談して…聴聞委員会を開きます」と述べて失職を示唆して脅しつけ、さらにもう一人の職員に対しては「むちゃくちゃじゃないですか。精神構造の鑑定を受けないといけませんよ。教委の幹部がこんなことではどうしようもないですよ」とむき出しの人権侵害の発言をおこなっています。

こうした事実について、報告書は「今回の調査事項に関わる教育長の発言等が、教育長としての職責として不適切であり、またパワーハラスメントとして違法性を有するものがあった」と認定しています。

 教育長は教育委員の一員であり、地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員について「委員は…人格が高潔で、教育、学術及び文化(以下単に「教育」という。)に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する」としています。この規定に照らしても、中原徹氏に教育委員の資格はないと断ぜざるを得ません。また、自らのおこなった重大な人権侵害についての自覚すら持てない人物に教育を語る資格はありません。

 教育長は、学校現場での「いじめ」や体罰などの暴力一掃のために、その条件整備の先頭に立つべき役職にあります。その当の本人が、教育委員や職員を「いじめ」、恫喝するなど、断じて許されるものでなく、教育長として職を続けることは、大阪の子どもと教育にとって、歴史的な汚点を残すことになります。

 以上のことから、私たちは、中原徹教育長の罷免を強く求めるものです。

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なお調査報告書全文は以下のURLで見ることができます。(大阪府ホームページ)

 www.pref.osaka.lg.jp/attach/5181/00180630/k1.pdf

  

話し合いましょう 子どもたちの健やかな成長発達のために

話し合いましょう 子どもたちの健やかな成長発達のために

2014年秋 子どもと教育・文化を守る大阪府民会議
事務局 大阪教職員組合

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この資料のダウンロードはこちら(PDFファイル 1.54MB)

【1面】

1.学校は、確かな学力と生きる希望を育むところ

 学校は、子どもたちが自然や社会についての基本を理解し、物事の是非を自ら判断し、学び行動する力をつけるところです。また、人間的つながりを深め、民主主義の基本を理解し、人間への信頼を育て、生きる希望を育むところです。

 「高校には行かない、勉強しない」と言っていた息子が、「高校の勉強は難しいけれど楽しい。友達とも仲良しで、先生もいい」と、元気に学校に通っています。(高校生の母親の声)

2.今こそ一人ひとりを大切にする学校・教育へ

 「全国学力調査」の点数を上げるために、「テスト対策」を子どもに強いて、勉強嫌いを増やすのではなく、「学習がよくわかる」「学校が楽しい」という充実感を育てることが大切です。人は充実感が満たされれば、自分のことが好きになり、他人にも優しくなれます。人間の値打ちや学力を多面的にとらえて、一人ひとりを大切にし、豊かな人間性、生きる希望を育む学校・教育が求められています。

 学校や塾では、受験のことばかり言われます。競争させられながら勉強していく中で、ただ教科書を覚え、受験・成績のために勉強している気がします。あの学力の高いとされる北欧諸国は競争教育ではありません。一人ひとりを尊重する教育の方が自分から進んで勉強できるようになると思います。(高校生の声)

3.こんなに難しくなっている学習内容

1dLますで12はいの水が入りました。この水のかさは、何mLですか

 この問題は、小学2年生(上)の教科書にのっています。2×2などのかけ算九九は2年生(下)で学び、1×12や10倍、100倍のかけ算は3年生で学習します。こんなに難しい問題を2年生の子どもたちはわかるでしょうか。mLは、以前の教科書では3年生(下)で学び、26年前は6年生で学んでいました。学習内容は、子どもの発達段階にそくしてどの学年で何を教えるのか、子どもの実態に応じて考えられるべきです。

現在、小学2年で学ぶ学習事項

  • 体積(mL、dL、L)  (これまで扱ってきた学年 小学3年)
  • 時間(日、時、分) (これまで扱ってきた学年 小学3年)
  • 正方形、長方形、 (これまで扱ってきた学年 小学3年)
  • 直角三角形、箱の形(これまで扱ってきた学年 小学3年)
  • 頂点、辺、面   (これまで扱ってきた学年 小学3年)
  • 1/2や1/4などのかんたんな分数 (これまで扱ってきた学年 小学4年)

4.競争教育を改め、子どもに笑顔を

 日本の教育は、3回にわたって国連から「過度に競争主義的な教育制度が子どもの発達をゆがめている」と指摘され、改善するよう勧告されています。ユニセフの調査では日本の15歳の子どもの29.8%が、OECD平均を大きく上回り、「自分は孤独だと感じている」と答えています。過度に競争的な教育制度を改め、子どもたちに笑顔をとりもどしましょう。

大阪の教育 解決すべき緊急の課題は

公立志望が増えているのに、なぜ「高校をつぶすの?」

先生がまったく足りず、がんばりも限界!

 大阪府教育委員会は、昨年、公立高校再編整備計画を策定し、2018年度までに「府立高校・市立高校合わせて7校程度の募集停止を行う」ことを前提に、まず、2016年入試から咲洲高校と池田北高校の募集停止=廃校を11月の教育委員会議で決定しようとしています。

 大阪では、公立と私立への進学割合はここ3年間毎年、1.4ポイントずつ公立志望が増え、今後さらに志望は増える傾向です。少子化の今こそ、子どもたちの学びと成長を保障する高校35人以下学級を大阪府でも実施すべきです。1学級40人を前提として算出された高校数以上は不要とする「高校つぶし」は許されません。

 咲洲、池田北両校で巣立った卒業生の多くは、学ぶ喜びを高校で知り、「母校をつぶさないで」と悲痛な叫びをあげています。「高校つぶし」は子どもたちの学ぶ権利を奪う最悪の教育破壊です。

くるくる変わるな!入試制度、中1からの受験競争激化は許されません!

 くるくる変わる高校入試制度。子どもたちや保護者、学校現場の混乱は大変なものです。今年、25000人もの不合格を出した全日制公立高校2回入試制度は、大きな府民世論で原則1回入試制度に改善されました。しかし、2016年春の入試(案)では、中学1年からの評定を調査書に記述することが盛り込まれ、中学「統一テスト」導入により、受験競争が中学1年からはじまることへの懸念が指摘されています。父母や教職員の声を無視し、子どもたちのゆたかな学びと健全な成長・発達を奪う、中1からの受験競争前倒し(案)とそれにつながる中学「統一テスト」導入はやめるべきです。

「教育に穴があく」って?

 今、大阪では「教育に穴があく」つまり、病気や出産、介護で先生が休んでも、かわりの先生が長期間学校に来ず、「授業に先生がいない」「自習続き」などのとんでもない事態が広がっています。毎月、府内の50~60の学校で恒常的な「穴」があいています。

 その原因は、正規の教職員が十分に採用されず、採用不足を補うために講師が配置されているため、代替講師が大きく不足しているからです。緊急にこの問題を解決するとともに、長時間過密勤務の中で、50%教員が「過労死ライン」を超えている異常事態を解決するためにも、すみやかに正規教員をふやすことが急務です。

【2面】

一人ひとりの子どもを大切にするために

学校や子育てへの本格的支援を

 大事なことは、国や行政として・子どもの生活実態を踏まえた、学校や子育てなどへの支援を本格的にすすめ、貧困をなくし、教育条件を抜本的に改善することです。

学ぶ喜び、生きる希望をはぐくむ教育へ

  1. 豊かな学力、自分の頭で考え、すすんで行動する力を
  2. 子どもを主人公に、保護者と教職員が力を合わせてつくる学校に
  3. 教職員を増やし、きめ細かな指導ができる学校に
  4. 国と大阪府の責任で、教育予算を増やし、教育条件の抜本的な改善を

放課後の子どもたち

学童保育は留守家庭の子どもたちの放課後の居場所 ~子どもたちに最善の利益を~

学童保育は安心できる居場所

 学童保育は、留守家庭の子どもたちの放課後や学校休業日の生活と遊びの場です。子どもたちには、放課後の自由な時間、安心・安全な生活環境が保障されます。

学童保育の中で育まれる自己肯定観

 毎日「おかえり」と迎えてくれる指導員、ほっとできる生活空間、気心の知れた仲間の存在が学童保育の大きな魅力です。小学生ならではの仲間づくり、多様な取り組みによる自己肯定感、人間への信頼感などを築いていきます。

「放課後子ども総合プラン」で大きく変わる学童保育

 政府が2015年度から打ち出している「放課後子ども総合プラン」では、留守家庭でないすべての子どもを対象とする「放課後子供教室」と学童保育の一体型の運営が推進されており、施設の大規模化がすすむことが危惧され.、仲間づくり、豊かな生活内容が保障されにくくなります。指導員にかかる負担も大きく、「配慮や支援が必要な子ども」のケアが困難になります。

子どもの権利条約にもとづく学童保育の拡充

 子どもの権利条約に示された子どもたちの「最善の利益」を保障するため、すべての子どもを対象とする「放課後子供教室」と、学童保育を固有の施策として拡充することが求められています。

教育条件整備は緊急の課題

高すぎる父母負担!(新日本婦人の会2014年4~5月アンケートより)

 高校生、大学生がいる家庭の教育費平均は別表の通り。教育費の捻出は(複数回答可)、①奨学金28.2%276万円で返済339万円 ②学資保険積み立て60.8% ③子どもがアルバイト31.5% ④祖父母からの援助23.9% ⑤親がトリプルワーク23.6% ⑥その他(預貯金解約)14.6%と、なっています。

国の責任による小学3年以上の「35人以下学級」実施は白紙状態です

 都道府県段階では各自治体ごとの少人数学級が実施され、国基準の実施は大阪、広島、熊本の3県のみとなっています。35人以下学級で、「勉強がよくわかるようになった」「クラスの中がゆったりし、欠席や保健室に通う子どもが減った」など、子どもたちの学校におけるすごし方は大きく変わります。

大学生は奨学金で借金地獄!

 日本の大学の学費は70年代以降急騰し、初年度納付金は60年と比べ国立大学で約82倍、私立大学で約19倍です。世界では、OECD加盟34か国中、半数の17か国が大学授業料無償の上、32か国で返済義務のない給付型奨学金が支給されています。授業料が有償で給付型奨学金がないのは日本だけで1日本の異常さが目立ちます。

教育費をOECD諸国平均にするだけで、高校・大学授業料は無償化実現!

 日本の公財政教育支出のOECD比は3.8%で、OECD諸国平均5.6%に比べて最低です。OECD並みにすれば、教育費は8.5兆円も増え、少人数学級実施の教職員定数増(標準定数を改善)、中学校完全給食、学校施設改善などの子どもたちの学びを保障する施策が実現できます。

 国が「公立高校授業料無償化」を廃止し、「所得制限」を導入したため、年収910万円以上の家庭は授業料を納付することになりました。また、大阪では、年収610万円未満の私学授業料無償化継続が危ぶまれています。教育費無償化は世界の常識です。教育無償化のとりくみを大きく前進させましょう。

  

中学「統一テスト」実施に反対し、撤回を求める署名にご協力を

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中学「統一テスト」実施は…

子どもたちをさらなる「テスト中心」の競争教育に追い立てます!!

1.中学3年間は人間形成に大切な時期です

 中学3年間は子どもたちの思春期のまっただ中で、自分自身を見つめ、自己形成をはかる大切な時です。学ぶ喜びやクラス・クラブでの活動を通じて、多くの仲間と交わり、友情が育まれ、豊かな人間性が形成されていきます。「テストづけ」の中学生活では、子どもたちの成長と発達は保障されません。

2.子どもたちは「テストづけ」に

 子どもたちは、「テスト中心」「偏差値中心」の中学生活を押しつけられ、中1から受験を過剰に意識し、テスト結果により、「できる子」「できない子」にふるい分けられます。また、中学の授業が「統一テスト」で良い点をとるための授業に変えさせられます。子どもたちは、部活動や学校行事どころではなくなります。塾依存もエスカレートし、ますます「教育格差」が広がります。

3.「統一テス卜」のねらいは?

 ねらいは、早い段階から「競争と選別」を激化させ、勉強が「できる子」だけをのばし、「できない子」は「自己責任」であきらめさせることです。そのため、中1から、子どもたちを1番から7万番まで順位づけ、成績結果を評定や中学内申書に反映さねらいは、早い段階から「競争と選別」を激化させ、勉強が「できる子」だけをのばし、「できない子」主させることです。そのたせようとしています。

4.全国でも例がない失敗済みの「統一テス卜」

 同様のテストを実施していた神奈川県では、すでに廃止しました。理由は、「『統一テス』の結果で進路の希望を失い、学ぶ目標が持てなくなり、子どもたちの学習意欲が減退したこと」、また「部活動への参加が大幅に減少、中学生活に大きなひずみを残すと父母・市民から心配の声が出された」からです。大阪での実施はきっぱりとやめるべきです。

子どもと教育・文化を守る大阪府民会議 TEL O6-6768-2330

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子どもたちを序列化し、さらに激しい受験競争に追いこむ
「統一テスト」はやめてください!

中学「統一テスト」実施に反対し、撤回を求める署名

 大阪府教育委員会は、教職員と父母の意見も聞かず、2015年1月に中学「統一テスト」を実施することを決めました。対象は中学1年生、2年生各7万人、テスト科目は1年国・数・英の3科目、2年国・数・英・社・理の5科目です。

 府教委は、学力向上のために、「統一テスト」を実施するとしていますが、「統一テスト」は「学力テスト」とは違って、その結果が成績につながり、高校入試の「内申書」に直接反映させることが想定されています。そして府内全域の点数ごとの分布人数も公表されることになっています。1年から府内全域の中学生が「テスト」結果によって順位づけられることになります。その結果、「統一テスト」は中学生の進路にかかわる極めて重要な「テスト」となり、成績の順位をめぐり、中学1年から熾烈な競争にかり立てられることになります。

 「統一テスト」実施によって、中学1年・2年の子どもたちがそれぞれ1番から7万番までランクづけされ、府内の中学校が1番から463番まで、府内市町村が1番から43番まで序列化されます。

 子どもたちがますます「テスト中心」「偏差値中心」の生活に追い込まれていきます。

 「統一テスト」実施決定の前に行われた府教委と各市町村教育委員会教育長との意見交換会でも、異口同音に「実施には反対。子どもをさらにテスト中心の生活においこむ」「受験の前倒しになり、授業内容や教科指導が統一テストで良い点数をとるためのものに変わっていく」などの反対や懸念の声が多くの教育長から出されています。

 同時に、高校受験の評価に結びつく可能性がある「統一テスト」を中学1年から実施することで、中学校生活の早い時期から高校受験を意識し、「テストでいい点数をとること」「順位をあげること」のみに関心が集まるおそれがあります。中学校3年間を通じた子どもたちの成長と発達や、学びに大きなひずみが生じ、子どもたちの人格形成に取り返しのつかない事態をまねきます。

 以上のことから、下記について、要請します。

●教職員や父母の意見も聞かず、来年の中学「統一テスト」はあまりに拙速である。来年の中学「統一テスト」は実施しないこと。

大阪府教育委員会 教育委員長 陰山英男様
教育長 中原徹様

(氏名)         (住所)

  年  月  日

取り扱い団体 子どもと教育・文化を守る大阪府民会議 TEL O6-6768-2330

  

教育への政治介入を許さず、子ども、父母・住民、教職員の願いが届く教育委員会へ

教育への政治介入を許さず、子ども、父母・住民、教職員の願いが届く教育委員会へ

2014年6月22日

大阪教育文化センター2014年度運営委員会総会

 安倍内閣は6月13日、教育委員会制度改悪のための地教行法改悪案を強行可決しました。私たちは、この教育委員会制度改悪に厳しく抗議するものです。

 この教育委員会制度改悪は、以下の重大な問題点を持っています。

 第1に、首長が「当該地方公共団体の教育、学術及び文化の振興に関する総合的な施策の大綱を定めるものとする」として、教育の方針を一般行政の長である首長が決定することによって、政治が教育に介入するしくみをつくるという大問題です。

 第2に、しかもその教育についての「大綱」は、「教育基本法第17条第1項に規定する基本的な方針を参酌して」定めるとされており、地方の教育方針を改悪教育基本法でしばり、改悪教育基本法の具体化をすすめるものとなっています。

 第3に、新たに首長が招集する「総合教育会議」を置き、ここで教育にかかわる事項を決めるとされており、結局首長の思うままの教育施策がすすめられることになります。

 第4に、これまで教育委員会の代表者であった教育委員長を廃止し、事務方の責任者である教育長が教育委員会を代表するとともに大きな権限を持つことになり、教育委員会は限りなく諮問機関に近づくことになります。

 結局、この教育委員会制度改悪のねらいは、教育委員会を国の方針と首長の方針の両面でしばり、教育を変質させようとするところにあるといえます。それは、政治が教育をコントロールしてはならないという戦後教育の出発にあたっての大原則を根本から崩すものといわなければなりません。

 これに対し、教職員はもとより、多くの教育学研究者、教育行政関係者、父母・住民から反対、あるいは慎重審議を求める声など、多くの危惧が寄せられていました。こうした声を無視して強行したことは、きわめて重大であり、許しがたい行為といわなければなりません。

 教育委員会制度改悪は、「愛国心教育」や過度な競争教育を子どもたちに押しつける仕組みづくりとして、この間すすめられてきている教科書検定基準の改悪や、ねらわれている道徳の「教科化」という流れと一体のものであり、安倍「教育再生」の一環です。

 安倍「教育再生」の背景には、解釈改憲によって集団的自衛権の行使を可能とし、日本をアメリカといっしょになって海外で「戦争する国」へと、この国の形を変えてしまおうとする危険な動きがあります。まさに、「『戦争する国』の人づくり」をねらうものと言わなければなりません。

 大阪教育文化センターは、この教育委員会制度改悪を重視し、これを許してはならないという立場から、第24回共同研究集会で「子ども、父母、教職員の願いが届く教育委員会へ」をテーマに、講演とシンポジウムをおこない、「教育における民意とは何か」をキーワードに、研究者、元大阪市教育委員長、元大阪府小学校長会会長、元大阪府立高校PTA協議会会長、全日本教職員組合前中央執行委員長によって、立場の違いを超えてこの問題を議論するなど、とりくみを強めてきました。 また、その準備過程で「教育委員会制度研究会」を新たにたちあげ、研究者、教職員、父母が率直な意見交換をしながら、研究をすすめてきています。さらに、機関誌「おおさかの子どもと教育」76号で、「安倍『教育再生』を大阪から撃つ-対抗軸はここに」をテーマに、教育委員会制度改悪はもとより、教科書をめぐる問題、道徳の「教科化」をめぐる問題を特集し、その問題点を明らかにするとともに、現場からのとりくみを汲み上げ、教職員をはじめ、多くの父母・府民のみなさんに広く知らせるとりくみをすすめてきました。

 大阪教育文化センターは、引き続き力を入れて、そうしたとりくみをすすめるものです。

 教育委員会の果たすべき本来の役割は、子どもの成長・発達を目的としておこなわれている教育活動を尊重し、教育の自由と自主性を守り、教育条件を整備するという役割です。

 教育委員会制度は改悪されましたが、この本来の役割まで消し去ることはできません。

 教育への政治の介入をゆるさないためにも、教育委員会にその本来の役割を果たさせることが重要です。そのために、子どもや父母・住民、教職員の願いを教育委員会に届け、教育行政に反映させていくとりくみを、従来にも増して強めることが求められます。それは、父母・住民が教育の主権者として力を発揮するとりくみといえます。その支えとなるのは、憲法と教育の条理です。

 大阪教育文化センターは、憲法と教育の条理の力に確信し、地域・草の根からそうしたとりくみが前進するよう、教育文化センター活動をとおして、さらに力を尽くすものです。

  

大阪府教育振興基本計画の策定についての見解

大阪府教育振興基本計画の策定についての見解

子ども不在の子ども支配―大阪府教育振興基本計画―

子どもたちにゆきとどいた教育のための条件整備を府民共同の力ですすめよう

2013年2月8日

大阪教育文化センター

はじめに

 大阪府は12月19日、2013年度から10年間を期間とする「大阪府教育振興基本計画(素案)」(以下、「計画」)をまとめました。この教育振興基本計画というのは、2006年に第1次安倍内閣によって強行された改定教育基本法第17条に位置づけられたものであり、当時の国会での審議でも、政府が教育振興基本計画を定めること、政府の教育振興基本計画を参酌して地方公共団体が同計画を定めることについては、憲法に照らして疑義が生じていたものです。

 しかも、大阪府においての「計画」は、2012年3月府議会で強行した教育行政基本条例及び府立学校条例の具体化そのものです。この教育関連条例は、行政権力による教育に対する介入に道を開くものであり、教職員はもとより広範な父母・府民のみなさんから厳しい批判が寄せられていたものです。

 「計画」は、この教育関連条例の具体化の中心的な柱をなすものであり、後に詳しく述べるように、行政権力の教育への介入をすすめるとともに、切実な父母・府民の教育条件整備要求には、まったくと言ってよいほどこたえないものとなっています。

1.憲法・子どもの権利条約一言もなし、子どもや教職員の実態ないがしろ、子ども不在の子ども支配

 戦後の教育は、憲法にもとづいて、平和・人権・民主主義という憲法の理想の実現を教育の力に求め て出発しました。これは、戦前の教育が、教育勅語にもとづいて「お国の為に死ね」と教えたことからの根本的転換でした。ですから、教育と憲法は切っても切 れない関係にあり、教育について語るとき憲法を無視することはできません。

 ところが、「計画」には、どこを探しても憲法という言葉が見当たらないのです。これが第1の特徴であり、ここに「計画」の基本性格があらわれています。

 憲法は、基本的人権の重要な1つ として教育権を定めており、これを無視することは人権としての教育という視点を持たないということを示しています。また、子どもの権利条約は、子どもを保 護される存在であるとともに権利の主体としてとらえ、教育への権利や意見表明権をはじめ、子どもの権利についての国際的基準です。ところが「計画」には、 この子どもの権利条約という言葉も見当たりません。これを無視することは、子どもを権利主体ではなく、管理・支配の対象としていることを示しており、まさ に子ども不在であると言わなければなりません。

 「計画」の第2の 特徴は、子どもと教職員の実態を一顧だにしていないことです。「計画」には、「大阪の教育をめぐる動き」という項目はありますが、そこで述べられているこ とは、教育関連条例の制定をはじめとする行政施策のみであって、肝心の子どもの実態については、まったくふれられていません。貧困と格差拡大が長引く不況 もあいまって、子どもの安心のよりどころである家庭を直撃し、子どもたちの発達の困難を生み出しています。また、競争強化の教育政策の進行のもとで、苦し められ、「生きづらさ」を抱える子どもたちも増大しています。そうした子どもたちの実態を無視して、教育をどうすすめるかを語ることはできません。この点 でも、まさに子ども不在の「計画」と言わなければなりません。

 また、教職員の実態もまったく述べられていません。教職員は、平均で月80時間を超える超過勤務という実態におかれつつも、歯を食いしばって「子どものために」と、毎日教育活動にとりくんでいます。教職員の労働条件は、子どもの教育条件のもっとも重要な1つであり、ここを改善せずに大阪の教育を「振興」させることはできません。

 こうした子どもと教職員の実態をふまえない計画によって、大阪の教育がよくなるはずはありません。

 特徴の第3は、これまでの施策に対する検証は一切抜き、ということです。

 たとえば「計画」では、「生徒・保護者による授業に関する評価を踏まえて…その評価結果を給与に 反映するなど、がんばった教員が報われる仕組みづくりに取り組みます」と述べていますが、「教職員の評価・育成システム」に対しては、その導入時点から現 在まで、圧倒的多数の教職員から「これでは教育はよくならない」という声が寄せられ、74% の管理職が、「評価・育成システム」の賃金リンクについては「意欲・資質・能力の向上に役立っていない」と答えています。「計画」は、このことにまったく 無反省の立場を明らかにしています。自らのおこなってきている施策に対する検証抜きに出される「計画」は、それ自身正統性を疑われて当然です。

 以上、総論的に問題点を指摘した上で、以下、いくつかの角度から、教育振興基本計画についての見解を述べます。

2.行政権力の長である首長が教育目標を設定してはならない

①なぜ、行政権力は教育目標を設定してはならないのか

 第1の大問題は、「計画」が教育についての目標を策定していることです。この「計画」の策定者は、知事ですから、文字どおり行政権力の長が教育目標を設定しているということになります。

 政治権力が教育の目標を設定してはならないというのは、戦後民主主義教育の出発点にあたっての大 原則です。それは、戦前の教育が侵略戦争遂行という国の政策に従属させられ、侵略戦争賛美の教育をすすめさせられたことに対する痛苦の反省にたったもので あり、それゆえ、憲法と教育の関係について論じた旭川学テ最高裁大法廷判決でも「教育内容に対する国家的介入はできるだけ抑制的でなければならない」と述 べているのです。

 さらに文部科学省も「首長による教育目標の設定は違法」と述べており、これをふみはずし、知事が教育振興基本計画をとおして教育目標を設定することそのものが、絶対におこなってはならない違憲・違法なものといわなければなりません。

②しかも、目標そのものが大阪の子どもと教育の実態をふまえたものでなく、子どもたちに自己責任を押しつけるもの

 「計画」は3つの目標を設定しています。「計画」が子どもの実態を無視していることについては、すでに述べましたが、この目標自体が、子どもの実態をふまえないばかりか、子どもに自己責任を押しつけるものになっていることは重大です。

 たとえば、目標の第1に は、「自らの力や個性を発揮して夢や志を持ち、粘り強く果敢にチャレンジする人づくり」があげられていますが、いまの社会状況は、子どもが夢や志を持てる ものとなっているでしょうか。「計画」自体が、「大阪の教育を取りまく状況」でも「経済的な格差が進学機会や学力の格差につながり世代を通じて固定化」な ど指摘しているように、さまざまな社会的困難があることは明らかです。子どもたちが自分たちの力を発揮しようとしてもできない、夢を持ちたくても持てない 社会状況にあるという事実があるもとで、そうした社会状況を改善することを抜きに、子どもたちに「力を発揮せよ」「夢を持て」と言うことは、「夢や志を持 たないのは子どもの責任」という立場を示す以外の何ものでもありません。

 教育活動の出発点である子どもの実態を無視する「計画」の立場だからこそ、責任を子どもたち自身に押しつけるものとなっているのです。

 目標の第2は、「大きく変化する社会経済情勢や国際社会の中で、自立して力強く生きる人づくり」とされていますが、ここにも自己責任論が見て取れます。つまり、どのような社会であろうとも自立して力強く生きよと子どもたちに説くものといわなければなりません。

 しかも、この目標の文言は、「激化する国際競争に迅速的確に対応できる世界標準で競争力の高い人 材」と述べた教育基本条例ほど露骨な表現ではありませんが、その趣旨は国際的な経済競争の中でたくましく生き抜けというものであり、結局財界の利潤追求に 追随して生きる「人材」の育成を求めるものとなっていると言わなければなりません。

 第3の「自他の生命を尊重し、違いを認め合いながら、自律して社会を支える人づくり」では、「社会の形成者としての自覚」「忍耐力・責任感、規範意識」が強調されています。結局自己責任論にたって、はむかわず、だまっておとなしく、世の中の流れについていく人間の育成を述べるものとなっているのではないでしょうか。

 総じて、子ども一人ひとりの能力を最大限に開花させ、主権者国民を育てるという観点は全く見られず、権力や財界にとって都合の良い「人材」を育てようとするのが「計画」の立場です。

③国・府の悪政のつけを教育に押しつけるという大問題

 このように見てくると、「計画」の掲げる教育目標は、つまるところ、国や府の悪政の結果つくりだされている長引く不況、貧困と格差拡大、雇用条件の悪化、という問題から目をそむけ、その悪政のつけを子どもと教育に押しつけるものとなっていると言えます。

 「計画」では、「大阪の教育を取りまく状況」の項で、「景気の低迷が長引く中で、中間所得層が減少するとともに低所得層が増加することにより、所得格差の増大とその固定化が懸念されます」「両親の年収と子どもの高校卒業後の進路との間に相関関係がある」「15~24歳の完全失業率が平成23年では8.2%となるなど、そのしわ寄せが若年者に強く及んでいます」と言及しています。

 それらを改善する課題は、教育の課題ではありません。国と大阪府の経済政策によって改善するべき課題です。そこにまったく言及せず、すべてを教育の課題に流し込もうとする「計画」は、こうした国・府の悪政のつけを子どもと教育に押しつけるという重大問題を持つものです。

3.公立私学一体にいっそうの競争強化をすすめるとともに、高校統廃合の方向を示す

 「計画」は、「公私の切磋琢磨により高校の教育力を向上させます」と述べています。大阪府は、国における公立高校授業料無償化を前提に、私学の授業料についても年収610万 円未満の家庭については、無償という措置をとってきました。私学の授業料を無償化することそのものは、よいことです。しかし問題は、このことをとおして、 授業料という点では公立と私学をフラットにして、公私一体に競争をすすめるという政策的意図をもって、これがすすめられてきていることです。「計画」は、 この路線を踏襲し「切磋琢磨」論にたって公私一体の競争強化をすすめるものとなっています。

 そして、公立私学を問わない競争強化と一体に高校統廃合の方向が示されています「計画」は「今 後、生徒数の減少が見込まれる中、その動向と府立高校への志願状況の変化も見据えながら…効果的・効率的な学校配置を図っていくことが必要」として、「生 徒数減少を見据えた再編整備方針を策定し…再編整備を計画的に進めます」と述べています。まさに、高校統廃合推進計画の宣言と言わなければなりません。

4.「できる子」「できない子」を分け隔てし、財界の労働力政策に見合った人づくりをねらう

 「計画」は、「社会のリーダー層やグローバル人材に必要な資質・能力の育成」として、「グローバ ルリーダーズハイスクール(進学指導特色校)…を充実するとともに…社会のリーダー層やグローバル人材に必要な資質・能力の育成に取り組みます」と述べ、 一部エリート校づくりを露骨にすすめるものとなっています。その一方で、「『ものづくり』をはじめとする職業人の育成」として、一部エリート校以外の学校 を安上がりの労働力づくりの「受け皿」とする方向を打ち出しました。高校統廃合は、一部エリート校づくりと選別的教育の推進の道具としての役割をも果たさ せるものとなっています。

 また、障害児教育では「就労を通じた社会的自立」を強調し、そのための「個別の教育支援計画」をすすめるとしています。ここにはすべての障害児の発達保障と言う立場を見てとることはできません。

 これらを通してねらわれているのは、日経連が1995年 「新時代の『日本的経営』」で示し、その後の新自由主義的経済政策によって推進されてきた、財界が求める労働力政策に見合う「人材」育成を教育に求めると いうものではないでしょうか。子どもの成長・発達の保障という教育の目的を、権力や財界が求める「人材」育成に変質させる、まさに維新の会の「教育基本条 例案」の本質が明らかにされています。

5.教職員に対する管理統制強化で教育はよくならない

 「計画」は、学校と教職員に対するいっそうの管理統制強化をねらうものとなっています。

 まず、教職員に対しては、「生徒・保護者による授業に関する評価を踏まえて…その評価結果を給与 に反映するなど、がんばった教員が報われる仕組みづくりに取り組みます」と述べています。いま現場では、「授業アンケート」が大問題となっています。「授 業アンケート」というならば、授業の改善につながり、そのことによって子どもたちの学習が前進するものでなければなりません。ところがこの「授業アンケー ト」は、肝心の教員には子どもや父母が授業をどう見ているのかについてはまったく知らせず、校長の「教職員評価」にこれを組み込み、賃金と連動させようと いう、よこしまなものなので、これでは教育はよくならない、という声が広範な教職員、父母から寄せられているものです。

 これだけ大問題になっている「授業アンケート」に対する反省もなく、教職員の管理統制のための方策としてこれを使うなど言語道断といわなければなりません。

 また、若年層を対象とした管理職づくりをねらっていることも重大です。「計画」は、「ミドルリー ダーの育成」として「中堅職員を対象とした管理職養成研修の実施や若手教員の首席・指導主事等への任用」と述べています。こうした若い世代を狙い撃ちにし ての管理職づくりは、上意下達体制のいっそうの強化につながることは明らかです。教育行政や管理職がすすめる「マネジメント」に都合のよい教員を若い年代 から管理職あるいは中間管理職として登用することによって、教職員管理をすすめようとするものです。

 また、校長のリーダーシップの強調も「計画」の特徴です。「計画」は、校長が「よりリーダーシップを発揮して学校運営が行えるよう、さらなる権限強化やマネジメント能力等に秀でた人材の任用をすすめる」と述べています。

 校長が高い教育的識見と豊かな教育実践力によって、学校がすすめる教育活動の前進のためにリー ダーシップを発揮することは重要です。しかし、「計画」がいうリーダーシップは、そうした教育的リーダーシップではなく、いかに教職員を管理する能力に長 けた校長を育成するかという観点に貫かれています。

 しかも、そうした校長を「公募」により求めるとして、教育の条理も子どもの成長発達を保障するという学校の果たす役割も、教職の専門性も軽視あるいは無視して、企業経営の論理にたって「マネジメント能力」を求めることは、教育の前進に役立つものではありません。

 教育を前進させるためには、直接子どもとかかわる教職員の自主性や教職員としての専門性にもとづ く自主的権限を尊重し、闊達な教育活動をすすめることこそ重要です。「計画」の方向では、教職員が委縮させられ、あるいは「お上のいいなり」にさせられて しまい、教育の前進に逆行します。

6.教育行政は、教育条件整備に徹すべきー父母・府民の共同の力で、切実な教育要求実現をめざそう

 そもそも教育行政が果たすべきもっとも重要な役割は、子どもたちにゆきとどいた教育のための条件整備です。この点で、「計画」で評価できるのは、「府立学校の耐震化率100%を目指すとともに、公立小・中学校の耐震化を促進する」と述べている部分のみです。「計画」は、子ども、父母・府民、教職員の切実な要求である35人、30人学級ついては、まったく言及していません。少人数学級の教育的な効果は誰の目にも明らかであり、山口県では、県独自の施策によって、国の水準を大きく越えた小学校1年生から中学3年生までの35人学級を実施しており、いまや大阪府の少人数学級実施は、全国最低水準となっています。「計画」は、一人ひとりの子どもたちに目を行き届かせる教育を、という願いに背を向けるものといわなければなりません。

 また、教職員増についてもまったく言及されていません。正規採用教職員を減らし、大量の定数内講師を配置している大阪では、その結果先生が病気などで休ま れても、その代替の教員が配置できないという、「教育に穴があく」という、あってはならない深刻な事態がいまも続いています。一体、この事態をいつまで放 置するつもりなのでしょうか。「計画」は10年間を見通してのものとされていますが、今後10年もの長きにわたって、こうした教職員不足を放置するつもりなのでしょうか。これで「教育振興」などと、よくもいえたものです。

 さらに、経済的理由で学校に行けないという状況をなくすための重要な施策としての、府独自の給付制奨学金制度を求める声も切実ですが、「計画」は一切ふれていません。一体、子どもの学習権保障をどう考えているのか、根本的に問わなければなりません。

 総じて「計画」は、口出ししてはならない教育の内容については、あれこれ指図しながら、教育行政 の基本的責務である教育条件整備については、まったくと言ってよいほど言及しないというものとなっており、子ども、教職員、父母・保護者、府民の願いに まったく背くものとなっていると言わざるを得ません。

 教育行政は、教育条件整備に徹すべきです。そのため、子どもの願い、父母・府民、教職員の願いを 総結集し、「教育振興基本計画」を教育条件整備計画とさせていきましょう。そのために、教育についての府民的対話と討論、それにもとづく教育合意づくりを 呼びかけるものです。そして、その合意を基礎に、教育行政にその実現を迫るとりくみを、うんと強めましょう。

 子どもは、未来に生きる存在であり、私たちの希望です。その子どもの教育をどうするか、それは、 大阪の未来に直結する、大変大事な課題です。その大事な課題を一部の人たちにまかせておくわけにはいきません。主権者である父母・府民がいっしょになっ て、子どもの未来を切り開こうではありませんか。心からよびかけるものです。

  

体罰一掃のよびかけ

体罰一掃のよびかけ

あらゆる教育の場からの体罰の一掃を呼びかけるとともに、体罰問題を利用した教育への政治介入に断固反対します

2013年2月8日

大阪教育文化センター

 大阪市立桜宮高校で、体罰を苦にした生徒が自殺するといういたましい事件が起こりました。私たちは、あらためて亡くなられた男子生徒の冥福を祈るとともに、遺族の皆様に心からお悔やみを申し上げるものです。

あらゆる教育の場からの体罰の一掃を、そのための徹底した議論を

 体罰は、暴力であり重大な人権侵害です。体罰は、教育とはまったく無縁であり、どのような理由をつけても許されるものではありません。体罰は、日常の教育活動や部活動を問わず、すべての教育の場から一掃されるべきものです。

 そのためには、まず、直接の当事者である教職員の間で、体罰を教育現場から一掃するための徹底し た真剣な討論が求められます。それは、学校の教育活動を教育の条理にもとづいて、子どもの人権尊重を第一義として、子どもの成長発達のみを目的としたもの へとつくりかえるいとなみでもあります。一つひとつの学校からの徹底した討論をすすめ、これまでも学級や学年や学校でおこなわれてきている、子どもたちへ の「体罰一掃宣言」など、教職員の決意を示すとりくみをすすめましょう。また、教職員の間での討論をすすめる過程で、子どもの意見を聞き、父母のみなさん の意見もよく聞いて、とりくみをすすめましょう。そのとりくみは、必ず、子どもの成長を中心にすえ、父母と教職員が力をあわせた教育活動の前進につながり ます。そうした父母と教職員の共同のとりくみで、子どもたちの人間としての成長をはぐくむ学校づくりをすすめましょう。

同時に、体罰をなくすための府民的討論を呼びかけます。

 「なぜ、こうした事態がおこったのか」 「教育の場やスポーツ界で体罰や暴力がなくならないのは、どうしてなのか」率直に意見を出し合って、子どもたちのすこやかな成長をはぐくむ教育をどのよう にしてつくりあげればよいか、そのために父母・府民としてできることは何か、などについての話し合いを地域・草の根からすすめましょう。その府民的討論 は、体罰一掃のための太い流れをつくりだします。同時に、それは、体罰問題だけにとどまらず、大阪の子どもと教育をどうするかという話し合いに発展するに 違いありません。そうした話し合いをとおしてつくられた合意をもとに、学校や教育委員会に要求すべきことは、しっかりと要求することが重要です。そのこと が、父母・地域住民の声に耳を傾ける学校や教育行政へと改革するとりくみとなります。府民的対話と合意づくりで体罰一掃と大阪の教育の前進をめざしましょう。

体罰問題を利用した教育への政治介入に断固反対します

 同時に、体罰問題を教育への政治介入に利用しようとする動きが強められています。橋下市長は、こ の問題が起こった時、「行政の大失態。ぼくが陣頭指揮をとる」と発言しましたが、これ自体、大問題です。これは、市長が教育現場に介入することを宣言した ということです。一般行政をつかさどる首長部局が、教育行政を意のままに動かすこと、また、教育行政を飛び越えて学校と教育に介入することは、絶対におこ なってはなりません。

 これは、教育への政治介入そのものです。政治は教育に介入してはならないというのは、戦後教育の 出発点にあたっての大原則であり、ここを踏み外してはなりません。事実、それ以後の橋下市長の一連の言動、行動をみると、教育予算まで「人質」にして桜宮 高校体育科の入試中止に圧力をかけるなど、許しがたいものとなっています。この体育科入試中止によって、何の罪もない受験生を不安に駆りたて、その進路を 奪ったことはきわめて重大です。

 こうしたやり方は、体罰と同様に、相手を力でねじ伏せようとするものであり、教育と教育行政のあ り方をゆがめるだけではなく、体罰問題の解決にも障害を持ち込むものといわなければなりません。しかも、教職員や生徒、保護者が全体として体罰を容認して いたかのように描き出しておこなうというやり方は、事実をゆがめ、責任を生徒や保護者に転嫁するものであり、子どもや保護者の心をはかりしれなく傷つけ る、許しがたいものです。

 さらに重大なことは、この間の橋下市長の発言を注意深く読むと、橋下市長自身が一切の体罰の否定 という立場に立っていないということです。彼は、「スポーツの指導の場において手をあげることは一切禁止」とは述べていますが、一方で「学校教育の場面 で、先生がギリギリの状況で手をあげる場面はある」と述べています。この立場では、体罰一掃というとりくみはできようはずがありません。さらに、橋下・維 新の会が2012年の府議会に提出していた「教育基本条例案」には、明 確に「教員は…有形力を行使」できると述べられています。これは体罰容認の立場にほかならず、橋下・維新の会は、このことに対する徹底した反省こそ求めら れるものです。ところが、それは一切不問にしたうえで、学校教育への介入をすすめるなど、まさに言語道断といわなければなりません。

 体罰は、教育の問題としてきちんと克服、解決すべき課題であり、こうした政治利用は、断じて許されません。

 政治介入の動きの背景には、橋下・維新の会が公約である「維新八策」で、教育委員会制度の廃止を掲げていることがありますが、今回の事態は、教育委員会制度の廃止がどれほど危険なものであるかを端的に示したものといえます。

 教育への政治介入を許さず、教職員、父母・府民共同のとりくみをすすめ、体罰一掃にむけて真摯な話し合いを積み重ね、子どもたちのすこやかな成長を保障する学校と教育をつくりあげようではありませんか。心から呼びかけます。