大阪教育文化センターの教育改革提言

子どもたちの人間らしい成長をはぐくむ、あたたかいまなざしに満ちた教育を、みんなで

―大阪教育文化センターの教育改革提言―

2012年9月6日

はじめに

 大阪府・大阪市では、橋下・「大阪維新の会」などによって、教育行政基本条例をはじめとする教育条例が多くの父母・府民・市民、教職員の反対の声を押し切って強行されました。今後これらの条例の撤回を求めるとりくみを強めなければなりません。

 同時に、こうした悪い条例が強行されたもとでも、子どもたちのすこやかな成長のために、父母、府民、教職員が力をあわせて学校づくりをすすめ、教育を前進させていく必要があります。教育改革というのならば、子どもの成長・発達を土台にすえた教育改革こそが求められます。

 大阪教育文化センターは、そうした立場から、父母・府民の立場にたった教育改革提言を作成しました。ぜひ、学校や地域で話し合っていただき、知恵を出し合って、どうすれば子どもたちの人間らしい成長をはぐくむ教育をすすめることができるか、いっしょに考えあっていきたいと思います。

1.父母・保護者、教職員が力をあわせた学校づくりを

 第1の提言は、子どもたちのすこやかな成長のために、父母・保護者のみなさんと教職員が力をあわせて学校づくりをすすめましょう、ということです。

 教育には、法律や条例で決められることと決められないことがあります。子どもたちにどんな教育をすすめるか、という問題は、法律や条例で決めて押しつけるものではありません。どのような条例が決められたとしても、教育が子ども、父母、教職員の直接的関係でいとなまれるという事実は消し去ることができないのです。

 成長・発達の主体は、子どもです。その子どものもっとも身近にいて、成長・発達を助ける役割をもっているのは、お父さん、お母さん方であり、学校では先生方です。

 父母・保護者のみなさんも教職員のみなさんも、子どもたちが人間らしくすこやかに育ってほしいという願いをもって、毎日子育てにはげみ、教育活動をおこなっています。同じ思いを持っている父母・保護者のみなさんと教職員のみなさんが、子どもの成長・発達をともに喜び合う関係になれば、それは、間違いなく子どもたちの励ましになります。そうなれば、問題があれば、すぐに話し合う関係がつくられることになります。

 そういう関係を、教育活動がおこなわれるもっとも基礎的な単位である学級を基礎につくることが大切です。その方法は、たとえば、学級通信をとおしてつながりをつくる、学級PTAを活発にして、いろいろと話し合う、連絡帳を活用したり、父母のみなさんの「つながりノート」をつくったりして日常的な意見交換をおこなうなど、いろいろあると思います。

 お父さん、お母さんの側からも積極的に学校の扉をたたきましょう。教職員のみなさんは、すすんで扉を開きましょう。そういう関係がつくられれば、「いじめ」などの深刻な問題が起こったときでも、必ず力をあわせて解決することができるはずです。ぜひ、一歩を踏み出しましょう。

 そして、その関係を学年に、学校に広げましょう。その場合、PTAが大事な役割を果たすことになります。PTAは、父母のみなさんと教職員のみなさんの共同の組織です。お互いが子どもと教育について語り合いとりくむPTA活動に、気軽に、積極的に参加することをよびかけたいと思います。

2.大阪の教育をどうするかについての府民的対話と合意運動を草の根から

 第2の提言は、地域で子どもと教育の問題について話し合う場をつくりましょう、ということです。どのような条例が決められたとしても、教育をどうするかを決めるのは、父母・国民です。そのことを憲法は第26条で、国民の教育権として定めています。

 この間、府内50か所をこえて「2条例の制定をゆるさない連絡会」などがつくられました。教職員のみなさんは、それぞれの地域で、こうした連絡会の活動にさまざまな形で参加してこられたと思います。条例が強行されたもとで、連絡会の活動をどうするか、という話し合いが各地域ですすめられていると思いますが、今後のとりくみの柱として、地域で子どもと教育を考えるよりどころとして発展させることを提案してみればどうでしょうか。また、子育て・教育を考えるネットワークや市民会議がある地域では、その活動として、草の根から子どもと教育について語り合う活動をすすめてみることも大切だと思います。

 対話と合意づくりのとりくみでは、全国的には、北海道の宗谷で、父母・住民、教職員、教育行政が、教育観や立場の違いを超え、子育てと教育について一致できる課題で共同するとりくみがすすめられ、教育条件整備や学校づくりで成果をあげています。大阪でも、「市民熟議」という新たなとりくみによる探究が始まっています。

 それぞれの地域・草の根から、「学校選択制って、教育をよくすることになるの?」「小中一貫教育って子どもの成長にとってどうなの?」「中学校給食は自校方式がいいよね」「早く30 人学級にしてほしいね」など率直な語り合いをすすめ、教育についての府民合意運動をすすめることを提案します。

3.教育委員会を地域住民の願いを反映し、学校教育の前進に役立つものに改革する

 第3の提言は、父母・住民の立場にたった教育委員会改革をすすめようということです。

 教育委員会について、みなさんはどう考えておられるでしょうか。学校現場では、教職員をしめつける元凶と映っているかもしれません。父母・住民のみなさんは、なかなか自分たちの願いを実現する役所になっていない、と思っておられる方も多いのではないでしょうか。とりわけ、この間の大津市の「いじめ」自殺事件の報道などを見ていると、教育委員会の硬直した姿勢が目立ち、教育委員会って本当に信頼できるのだろうか、という相当深い疑問も広がっているのではないかと思います。

 たしかに、戦後の文部行政によって、教育委員会の自主性が奪われ、文部科学省→都道府県教育委員会→市町村教育委員会という上意下達の体制がつくられてくるなかで、父母、教職員のみなさんから教育委員会に対する不信が生まれてきて当然の面があります。こうした気分に乗じて、橋下・「大阪維新の会」などは、教育委員会を廃止すればよいという考え方を示しています。

 しかし、教育委員会をなくしてしまえば、父母・住民の願いや教育現場の要求が実現するのでしょうか。

 教育委員会をなくしてしまうと、教育は、知事、市長の命令や議会で多数を持つ「大阪維新の会」など、一部の政治勢力のもとにおかれてしまうことになり、子どものための教育から「お上のため」の教育にされてしまいます。これでは、一番大事にされなければならない子どものための教育ではなくなってしまいます。

 もともと教育委員会は、戦後教育の出発点にあたって、戦前、政治が教育を支配して、侵略戦争をすすめる政策に見合う偏った教育がおこなわれ、お国のために命を捨てよと教えた痛苦の経験をふまえ、教育行政は一般行政と区別されて、子どもたちの教育条件を整えるためにつくられたものでした。住民の意見を反映するために、教育委員も首長が任命するのではなく、住民が選ぶ公選制でした。これが中央集権的に変えられ、それにともなって、教育委員会は、父母・住民の願いや教職員の願いから遠ざけられてきたのです。

 教育委員会に民意を反映するとりくみとして、将来的には公選制をめざしつつ、とりわけ、もっとも現場の近くにある教育委員会としての市町村教育委員会を、父母・地域住民、教職員の声に耳を傾けるように改革することはできるのではないでしょうか。先に述べたように、学校教育のあり方について父母・地域住民の合意をつくり、それを土台として教育委員会に必要な条件整備を求めるとりくみを強めることによって、それは可能となると思います。

 たとえば、学力テストに参加するかどうかを決める権限は市町村教育委員会にあるのですから、教育委員会が真剣に話し合い、自主的判断をおこなって学力テストに不参加と決めることはできます。現に「全国いっせい学力テスト」が実施されたとき、愛知県犬山市の教育委員会は、これに不参加の決定をしました。父母・地域住民、教職員がいっしょになって、子どもたちのためになるとりくみを教育委員会に求めることが大切なのではないでしょうか。教育についての合意運動と一体に、教育委員会改革をすすめるとりくみを提言します。

4.教育振興基本計画を教育条件整備計画に

第4の提言は、「教育振興基本計画」を教育条件整備計画にしようということです。

大阪府・市の教育条例では、「教育振興基本計画」を決めることになっています。

 ここに橋下・「大阪維新の会」は教育目標を入れ込もうとしていますが、それは、文部科学省も指摘しているように違法となります。ですから、この計画には、子どもたちへのゆきとどいた教育のための条件整備を盛り込ませましょう。今や全国最低のレベルになった大阪の少人数学級をもっと拡大させること、学校耐震化をすすめること、返す必要のない給付制奨学金制度をつくること、私学助成を拡充することなどなど、大阪の教育条件をよくするための課題はたくさんあります。こうした計画づくりを父母・府民、教職員の力をあわせた運動によって実現させましょう。

5.「子どもいじめ」の教育政策をやめさせるために、地域運動、社会運動とむすんでとりくむ

第5の提言は、とりわけ大阪市で、市民のくらしや福祉を切り捨てる施策をゆるさぬとりくみとむすんで2条例の具体化をゆるさないとりくみをすすめようということです。

橋下・「大阪維新の会」のすすめようとしている教育政策は、子どもたちを追い詰め、追いたて、苦しめ、「教育は2万%強制」という特異な教育観で、子どもがいやがることでも無理やり押しつけるものであり、一言でいえば「子どもいじめ」の教育政策です。

 このような「いじめ」は、橋下市長が大阪市ですすめようとしている教育以外の施策にもあらわれています。高齢者に対しては敬老パスの有料化、若者に対しては、新婚世帯向け家賃補助制度の廃止、子育て世代には、前年度市民税非課税世帯からの保育料徴収、ひとり親家庭などへの上下水道福祉措置の廃止、文化の面では、大阪市音楽団の廃止、大阪フィルハーモニー協会、文楽協会への補助金削減など、全世代、全分野に及ぶ削減となっています。まさに「市民いじめ」と言わなければなりません。

 この間、こうした「市民いじめ」の施策反対の署名は90万を超え、ダブル選挙での橋下氏の得票を大きく上回っています。とりわけ大阪市では、こうした「市民いじめ」をゆるさない運動と大きく合流し、「子どもいじめ」の2条例の具体化をゆるさないとりくみをすすめることが求められます。

 市民的運動、地域からの運動を大きく広げるなかで、「子どもいじめ」の教育政策の具体化をストップさせましょう。

おわりに

 悪い条例は強行されましたが、強行されたらそれで終わりではありません。教育において一番大事なのは子どもです。そして、教育をどうするかを決めるのは、父母・国民です。

 いま、教育に求められることはなんでしょう。それは、大人でさえ生きづらい世の中を精一杯生きている子どもたちに、あたたかいまなざしを注ぎ、その成長・発達をみんなではぐくむことではないでしょうか。それは、人間不信と冷たさがそのもっとも大きな特徴である教育条例の対極にあるものと言えます。

 子どもたちの人間らしい成長のために、みんなで力をあわせようではありませんか。そのために、この提言が活用されることを心から願っています。

  

「教育基本条例案」「職員基本条例案」の撤回を求めます

子どもたちの学習権を侵害し、教育の場をいっそう競争的にする
「教育基本条例案」「職員基本条例案」の撤回を求めます

2011年9月21日 大阪教育文化センター

 橋下知事を代表とする「大阪維新の会」は、9月府議会に「教育基本条例案」と「職員基本条例案」を提出しました。これら二つの条例案は、政治による教育の支配をもたらすと同時に、教職員の管理強化を通して、学校で学ぶ子どもたちの学習権が侵害されるものであることから、直ちに撤回されることを求めます。

 教育という営みは、教師と児童・生徒との直接的な人間関係から形成されるものであり、それぞれの成長発達にあわせて行われなければならないことは言うまでもありません。それは、人格の完成を目指して行われるものであって、子どもたちの内面に関わる活動でもあります。そのため、教育活動への権力的介入は控えられなければならないのです。

 しかし、「教育基本条例案」によれば、教育に対して政治が優位に立つものとなっており、教育活動そのものへの政治支配を正当化しています。戦後の公教育は、日本国憲法にのっとり、子どもたちの教育を受ける権利(学習権)を保障するために行われるものとなりました。政治が教育へ介入した結果、戦争へ国民全体と駆り立てていったことに対する深い反省がそこにあったのです。それは、今でも決して放棄されるべきものではなく、一層強化されるべきものです。

 教育全体に対して知事が強い権限を持つことを定めています。府立高等学校の教育目標の設定は教育内容に対する明らかな政治介入です。教育委員の罷免制度は、教育行政に対する政治の介入です。校長は教育の専門職ではなく、あくまで学校管理者であればよく、知事の定めた目標の忠実な実行者であればよいとしています。教師に対しても、相対的な人事評価を通して、常に5%のDランクを設け、2年連続でDの場合には分限処分の対象とする、で同じ職務命令に3回違反すれば免職など、子どもたちではなく校長、教育委員会、知事の方を見ながらの職務遂行を求めている。

 さらに、大阪府独自の学力調査の実施と学校別の成績公表により、子どもたちを競争巻き込んでいくものです。実績を上げなければ、教師、校長の評価が下がります。子どもたちを教育の主人公ではなく、大人の道具とするものです。また、3年連続で定員割れした府立高校は統廃合の対象となります。すべての府民が高校教育を受けられる条件を満たすように公立高校は作られる必要があります。通学区域なども考慮に入れなければなりません。学区を廃止し、府下のすべての高校を競争させ、一部のエリート校だけを府立高校として残すことになります。 これでは、大阪府の責任を果たすことにはなりません。高校の統廃合で出た余剰人員は分限免職できる仕組みまで設けています。教師は、教育の専門職として適切な待遇を受けることは、ユネスコの教員の地位に関する勧告で指摘されていることに反します。

 学校間競争、学校内での競争、それに駆り立てられる子どもたち、こんな学校になってしまったのでは、本当の教育は成り立ちません。「子どもの自律」を教育目的の一つとしています。それは、競争社会の中で、他に依存しない子どもたちを作り上げることです。多様な価値観を共有しながら、支えあって生きていく社会ではなく、競争に負ければ自己責任だという価値観を押し付けるものにほかなりません。子どもたちは一層生きづらくなっていくでしょう。国連の子どもの権利委員会で3回にわたり指摘され続けている「過度に競争的な教育環境」を一層悪化させるものでしかありません。

 未来の子どもたちが自らの個性を伸ばし、成長発達権を保障するために、二つの条例は直ちに撤回されるべきです。