UNESCO世界報告書(2023):ICT教育に警鐘

■大阪教育文化センターより解説■

「適切な使用を」ICT教育に警鐘を鳴らす
― 国連「ユネスコ」世界報告書(2023年版) ―

  大阪教育文化センター 田中康寛

いま日本の学校現場では、GIGAスクール構想によってICT機器を「とにかく使え」と日常的使用のおしつけが強められています。文科省をはじめ、多くの教育委員会が使用時間をチェックし、毎回の校長会で「どこの学校が、どの教師がと、使用状況をグラフなどで示し、点検・評価する状況も広がっています。

政府やIT・教育産業が、その大きな根拠として強調しているのは「日本は世界の流れから大きく遅れている」「子どもたちが将来、困らないように」という諸外国との対比です。

こうした中で今年の7月、ユネスコが200を超える世界各国からの報告と研究成果をもとに、ICT教育について分析した「2023年グローバル教育モニタリングレポート」を発表しました。

400ページを超える報告書は、世界各国の利用実態と問題点、課題を明らかにするとともに、「具体的な証拠」をもとに各国政府の「適切な管理と規制の欠如」に対して、警鐘を鳴らしています。

1.教育効果についての確固たる証拠はほとんどない
まず「キーメッセージ」では「デジタルテクノロジーは変化したが、教育を変革したわけではない」「教育におけるデジタルテクノロジーの付加価値についての確固たる証拠はほとんどない」と報告しています。

その具体例として、第4章「教育と学習」では「国際学習到達度調査『PISA』によって提供されるような大規模な国際評価データでは、過度なICT使用と生徒の成績の間に負の関連があることを示唆している。教育テクノロジーは、不適切または過度である場合には有害な影響を及ぼし得る」。

また「米国の2,500万人以上の生徒が使用しているAI学習および評価システムに関する研究のメタアナリシスでは、結果を改善する上で従来の教室での教育より効果があるわけではない事が分かった」など、多数の事例を報告しています。

そして「すべての変化が進歩を意味するわけではない。何かができるからといって、それを行うべきであるという意味ではない」と述べて、今の日本のように「使うこと」を目的化し、闇雲にICTの使用を広げることを、厳に戒めています。

2.企業の誇大広告に惑わされないように
そして「多くの証拠は、それを売ろうとしている人々から来ている」「教育におけるテクノロジー採用のメリットを示した研究の多くは業界の資金提供を受けており、証拠には公平性が欠ける」と指摘しています。

その例として「ピアソンは独自の研究に資金を提供し、効果がないことを示した独立した分析に異議を唱え、プラス効果の結論を公表し続けている」。「ほとんどの証拠は米国からのもので、What Works Clearinghouse(米国情報センター)は、評価された教育利用のうち『有効性の強力または中程度の証拠』があったのは2%未満であると指摘した。証拠がテクノロジー企業自体からのみ提供されている場合、偏っている可能性がある」と述べています。

「英国では、教育テクノロジー企業の7%がランダム化比較試験を実施し、12%が第三者認証を利用しただけで、米国の17州の教師と管理者を対象とした調査によると、採用前に査読済みの証拠を要求したのは11%のみだった」と報告し、「健全で厳密かつ公平な」効果検証の必要性を指摘しています。

3.教師による教育指導を大切にし、道具として使用することが重要
また「キーメッセージ」では、2018年の国際学力調査(PISA)から「世界で最も裕福な国でさえ、数学と科学で週に1時間以上デジタルデバイスを使用したのは15歳の生徒の約10%にすぎない。

デンマークは、生徒の半数以上が両方の科目でそのような使用を報告した唯一の国として外れ値だった」と述べて、実際の授業では、あまり使用されていない実態を紹介しています。そして最後の「提言」では「デジタル入力よりも、学習成果に焦点を当てるべき」、「学習を改善するには、デジタルテクノロジーが教師との対面でのやり取りに取って代わるのではなく、補完する必要がある」として、使用する場合の教師の指導性の大切さを強調しています。

「ペルーでは100万台以上のノートパソコンが配付されたが、配付に重点が置かれ、適切な教育カリキュラムへの組み込みがなかったため、学習にプラスの影響を与えなかった。

アメリカの200万人以上の生徒を対象に行った分析では、学習がリモートのみで行われた場合、学習のギャップが拡大することもわかった。オンライン学習は、生徒の自己調整能力に依存しており、成績の低い若い学習者は、離脱のリスクを高める可能性がある」と生徒まかせの使用を戒めています。

4.「個別最適化」による教師代替ではなく、教師を補完するものに
第1章では、デジタルテクノロジーによる「教育への個別化されたアプローチは、学習者が実際の環境で学ぶ機会を減らし、幸福とプライバシーに悪影響を及ぼす」と問題点を指摘しています。

そして最後の「提言」では「個別最適化と適応の呼びかけは、教育の社会的側面を維持する必要性と衝突する。個別最適化の推進を主張する人々は、教育が何であるかという要点を見逃している可能性がある」と効率性の裏に潜む重大な問題点を指摘しています。

ユネスコ事務局長は、安上がりに教師を代替する「個別最適化」政策を批判して、「個別最適化された学習の保証。この強力な希望は、教育の中心にある基本的な社会的および人間的側面を忘れさせます。スクリーンは教師の人間性に取って代わることはできません。教師とテクノロジーの関係は補完性の1つでなければならず、代替可能性の関係であってはなりません」(「序文」)と強調しています。

5.学校でのスマートフォンの使用禁止について
「キーメッセージ」では「モバイルデバイスに近接しているだけで、生徒は注意散漫になり、学習に悪影響を与えることが世界14か国で判明したが、学校でのスマートフォンの使用を禁止している国は4分の1未満」と報告しています。

第8章でも「2〜17歳の子どもの分析では、スクリーンタイムが多いほど幸福度が低下することが示された」「スクリーンタイムの延長は、自制心と感情的安定性に悪影響を及ぼし、不安とうつ病を増加させる可能性がある」と報告しています。ちなみに、フランスは2018年9月、イタリア2022年12月、フィンランド2023年6月、オランダ2024年1月から、学校での使用を法律で禁止するなどしています。

6.子どものプライバシーを保護する、法律と規制を
第8章では「教育テクノロジー業界への監視の欠如により、子どものプライバシー、安全、幸福が危険にさらされている」と強調し、不十分な規制が商業目的での個人データの不正使用につながっていると指摘しています。

「キーメッセージ」では、「子どものデータは公開されているが、教育におけるデータプライバシーを法律で明示的に保証している国はわずか16%。パンデミック中に推奨された163の教育テクノロジー製品の89%は、教育現場や授業時間外に子どもたちを監視することができ、実際に行っていた。

さらに、パンデミック中にオンライン教育を提供した42政府のうち39政府が、子どもの権利を『危険にさらす、または侵害する』利用を助長した」として、データ保護法の実施と規制の強化を求めています。

7.政府と教育者は、商業的・私的利益よりも公共性・公益を優先事項に
第8章では「民間部門の商業的利益は、政府の公平性、品質、効率性の目標と衝突する可能性がある」と報告し、最後の「提言」では「商業分野と公共は異なる方向に引っ張られる。国内および国際レベルでの教育政策に対する教育テクノロジー産業の影響力の高まりは、懸念の原因である。

公益が政府と教育者の優先事項であることを確実にするために、教育と学習におけるデジタルテクノロジーの使用の根底にある利益をよりよく理解し、明らかにする必要がある」と指摘しています。

<問われる日本の教育政策>
ユネスコによるICT検証の視点は、「全世界の子どもたちの最善の利益」、「世界人権宣言」や「子どもの権利条約」に基づく子どもの権利保障と発達保障にあります。日本のGIGAスクール構想や教育DXは、政府と財界や民間企業が主導し、その推進をバラ色に描くだけで、この視点が全く欠落しています。

6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針2023)などは、「ICT利活用の日常化」ばかりを強調し、報告が警鐘を鳴らす「適切な管理と規制」が全く欠落しています。

今一度「企業のもうけ」ではなく、「子どもの権利保障としての最善の利益」の実現へ、子どもの成長と発達を中心に据え、ICT利用の再検討、危険性・有害性を取り除く管理と規制の強化へ、取り組みを根本から見直すことが求められています。この点では、ユネスコ事務局長が「羅針盤」として提起している次の2点は、今後の日本にとっても重要です。

(1)生徒の最善の利益が他の考慮事項、特に商業的考慮事項よりも体系的に優先されるべきであること
(2)テクノロジーは手段と見なされるべきであり、決して目的ではないこと

さらに今回の報告は国連ユネスコによる公的な報告であり、各学校の校内研や各地方教育委員会との交渉において、信頼できる文書として活用することが重要です。

最後に大阪教育文化センターではこの間、2冊のブックレット
「『GIGAスクール構想』光と影」
「学校でのICT『活用術』」を発行しました。
ユネスコ報告を実践化する上で、参考にしていただけたらと思います。