新学習指導要領に立ち向かう 総論

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大阪教育文化センター「学習指導要領問題」研究会
『おおさかの子どもと教育』90号 2018.2.所収

総論 移行措置のトリセツ

-大切なのは目の前の子どもたち

 今年4月から、小・中学校は「移行置期間」に入ります。本来、移行措置間は、全面実施にスムーズに移行するために設けられ、それらの内容をどのように扱うかは、各学校に任されています。

 しかし、文科省は昨年7月の通知で、4月から必ず取り扱わなければならない内容を明記しました。これはきわめて異例のことです。さて、それらの内容はどのようなものなのでしょうか。

Ⅰ これが移行措置!?

 移行措置期間で今年の4月から、必ず取り扱わなければならない内容は、小校英語、漢字、領土問題の3つです。その内容を細かく見ていきましょう。

① 小学校英語は必ずやる! 他をけずっでも……

 3・4年生では「外国語活動」を、5・6年生は「外国語(英語)」を年間15時間最低やらなければなりません。移行措置期間に取り扱う内容は示されますが、授業時間数までを示すことは、異例のことです。また、文科省は英語で15時間を増やす代わりに、総合の時間か全体の時間数を削ってもよいとの通知を出しています。移行措置の期間に、そこまでして、英語の授業をおこなう必要があるのでしょうか。

 中学年の「外国語活動」は、高学年で使っている『Hi friends』を整備した『Let’s Try』を使用します。高学年の「外国語」で使用する教材は、大きな問題があります。これまでの『Hi friends』(年間35時間分)に加え、新教材『We can』(年間70時間分)が合冊になり膨大な量になっています。内容は特に問題です。

<「外国語活動(3・4年生)」←いま5・6年生がやっているものと同じ!>

・英語の音声やリズムなどに慣れ親しむ
・日本語との違いを知り、言葉の面白さや豊かさに気付く
・「聞くこと」「話すこと」の言語活動の一部

教えるのは担任…
<「英語(5・6年生)」←中学1年生の内容!?>

・発音やイントネーションなど「音声」→発音の指導・活字体の大文字、小文字→アルファベットの指導
・代名詞や過去形など、「文」「文構造」の言部→文法の指導
・「読むこと」「書くこと」の言語活動の一部→英単語の書き取り

5年生はじめの単元は、いまの中学1年生が6月あたりに習っているものを4月におこなうことになっています。

 教材は100時間を超えるものが示されていますが、年間におこなう時間は15時間です。そのために、内容を圧縮しなければなりません。これは学校現場にとって、大きく負担を増やすことになります。
 そして、これらを教えるのは、担任の先生です。

② 漢字 1006字から1026字へ~すべて4年生に~

 「新学習指導要領」では、漢字が20字増えます。すべて「都道府県名」に関わるもので、4年生に配当されます。そしてこれも2020年度の完全実施を待たずして、今年4月の4年生から授業で扱うことになります。4年生の社会科で都道府県を習うからとの理由で、子どもたちの発達を無視し、漢字が増やされることは問題です。しかし、すでに4年生は年間200字が配当されているため、いま4年生で習っている漢字が5・6年生に移されます。結果的に4年生で2字、5年生で8字、6年生では10字も漢字が増えます。

 また、新しい配当表は、新4年生から適用となるので、新5・6年生は習わずに中学校へ進学します。そこで文科省は、習っていない20字(都道府県名の漢字)を、進学後の中学1・2年生で取り扱うことにしています。これは極めて異常なことです。

新しい漢字はすべて4年生に

茨・媛・岡・潟・岐・阜・熊・香・佐・埼・崎・滋・鹿・沖・縄・井・栃・奈・梨・阪

<小学校の漢字が気になる→作成中>

③領土問題は先行実施

 社会科は、「領土問題」に関わる内容のみ、4月から必ず取り扱うことになっています。具体的には、小学校5年生社会科、中学校は、「領域の範囲や変化とその特色(地理的分野)」、「富国強兵・殖産興業政策(歴史的分野)」、「世界平和と人類の福祉の増大(公民的分野)」
と、歴史・公民の分野にまで、領土問題の取り扱いを求めています。

 「新学習指導要領」に示されている「領土問題」の記述も問題です。①竹島、北方領土、尖閣諸島が固有の領土であること、②尖閣諸島に領有問題は存在しないこと、③日本が領土問題で平和的な手段による解決に努力していること、を教えることになっています。しかしその記述は、政府見解そのものです。複雑な問題であるからこそ、様々な角度からの検討が必要であるにもかかわらず、政府の見解を学習指導要領で規定すること自体が大きな問題です。

<「領土問題」取扱い変更のポイント>

①小学校で領土問題を取り扱うことに
②中学校地理に、竹島、尖閣諸島が新たに追加
③中学校歴史・公民で「領土問題」の内容が追加

 

 英語や漢字のように、今年の4月から一律に行わなければならない内容ではありませんが、完全実施を待たずして、算数・数学では内容が追加されます。どのような内容が追加されるのでしょうか

④ 算数 難しい単元が下の学年に……

 小学校の算数では、今でも難しいとされている単元が、下の学年におろされます。来年の4年生では、今5年生で扱っている、「小数を用いた倍(小数倍)」と「簡単な割合」が、5年生では、6年生の「速さ」が追加されます。個々の単元が下の学年におろされることの問題点や、実践上の課題は、後の項に譲りますが、
いずれも、いま配当されている学年でも、難しいとされているものばかりです。

 また今年の4月から、今6年生で扱っている「メートル法」を、3~5年生に追加し、取り扱うことになります。いずれも子どもたちの発達段階を無視したもので、多くの算数嫌いを生む危険があります。

<算数で追加される内容>

2018年度
・3~5年生に「メートル法」
2019年度
・4年生に「小数を用いた倍(小数倍)」「簡単な割合」
・5年生に「速さ」
〈算数・数学をもっとくわしく→作成中〉

⑤数学 中学校でも同様に……

 来年以降、1年生に「素数の積」「累積度数」が、再来年の1年生にはさらに、「統計的確率」が追加されます。2年生では、再来年に「四分位範囲」「箱ひげ図」が追加されますが、いずれも移行措置期間です。

 これらに共通するのは、「統計処理」に関わるものばかりです。しかし、より深く統計処理をおこなおうと思えば、統計処理の知識やテクニック以前に、その他の領域や、数学そのものを深く知る必要があります。

Ⅱ 道徳はどうあるべきか

① 教科書と評価に縛られない

 小学校では4月から、道徳が教科化されます。この間、学校現場では、「評価をどうするか」、「通知表での評価欄をどうするか」などが議論され、4月からは、「授業をどうするか」、「教科書をどう使っていくか」が目下の課題になると思います。道徳に関する理論や具体的な実践はあとの項に譲ることとしますが、新しく教科書ができたからと、教科書に縛られることはなく、評価をおこなわなければならないからと、大きな欄を設けて記述評価をおこなう必要はありません。

 道徳の授業で本当に大切なことは、子どもたちが本音で語ることです。教科書や評価で子どもと教師を縛るようなことがあってはなりません。

②中学校は今年が教科書採択

 中学校道徳教科書は、今年が採択の年です。昨年の小学校道徳教科書採択の時と同じく、道徳の教科書により良いものなど存在しません。どの教科書も国が検定した、特定の価値観にもとついたものです。

 重要なことは、父母・府民と教科化の問題点について幅広い対話と共同を広げ、教科書展示が始まったら、多くの意見を寄せてもらうなど、地域からの共同の輪を広げることが重要です。

<道徳の理論や実践をもっと知りたい→作成中>

Ⅲ 子どもと教師を苦しめる移行措置期間
~だからこそ立ち止まって深呼吸を~

 今回示されている「移行措置期間」の内容は、子どもと教師のソフトランディングを保障するものではなく、学校現場を混乱させ、子どもと教師を苦しめるものでしかありません。これまで示してきた内容の多くは、今年4月から取り扱わなければなりません。特に小学校英語は、しっかりとした条件整備がされないままの見切り発車です。

 移行措置期間はたくさんの問題がありますが、そもそも「新学習指導要領」自体に大きな問題があります。極限を超えたつめこみ、小学校英語の早期化と教科化などに見られる、一部のエリート教育、道徳の教科化で子どもたちの心を評価し、支配しようとする動きなど、戦後最悪の内容と言っても過言ではありません。今こそ、教育課程について教職高目ハのみならず父母・地域とともに考えることが重要であり、求められています。

 また昨今の学校現場は、多忙化がいっそう深刻化し、子どもと教師から余裕を奪っています。それにもかかわらず文科省は、「新学習指導要領」で、子どもと教師をさらにせかそうとしています。だからこそ、立ち止まって、ゆっくりと目の前の子どもたちから出発する実践を、同僚の仲間たちとつくっていく時間、子どもについて語り合う時間が、よりいっそう重要になってきます。

 この『おおさかの子どもと教育』90号では、小学校英語、国語、算数、道徳と、移行措置期間で注目の高い教科に対し、現場の先生を交え、4月から起こりうる課題や実践で大切にしたいことを、理論的、実践的にまとめました。異例の移行措置が目の前に迫った今、本書が学校現場を励まし、4月からの実践の一助になれば幸いです。