新学習指導要領 批判分析 体育・健康

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大阪教職員組合 「教育課程・教科書」検討委員会

体育・健康

1.はじめに

 「つきおろすおけいこだ…前の人のむねのところをおして手をわきの下に入れぐっとふんばっておすのだ…先生は『まだまだゐる。つけつけ』とおっしゃってとてもおもしろかった。つかれたが一人でも大(多)くてきをころそうとおもった」(中根美宝子『疎開学童の日記』中公新書、1955年、51頁)。

 新学習指導要領(以下、新要領)中学校体育の武道の「内容の取扱い」で例示された『銃剣道』に対し、戦時下の疎開学童が日記にて綴った内容である。銃剣道は学童の日記にもあるように相手の心臓を突くと一本になる危険な「武道」である。決して学校教育で教えてよい文化ではない。

 そのことをまず強く主張しつつ、今回大きく修正された「体育科・保健体育科の目標」を中心に批判的に検討する。

2.「目標」に対する批判的検討の視点

 2008年のそれと比較すると、①「体育科の見方・考え方を働かせて…」と書き出された、②体育科・保健体育科で育成することを目指す資質・能力が『三つの柱(個別の知識や技能、思考力・判断力・表現力等、学びに向かう力・人間性等(≒非態度))』で示された、③学習方法・内容の強調(「課題を見付け、その解決に向けた学習過程を通して」「自己の課題を見つけ、その解決に向けて思考し判断するとともに、他者に伝える力を養う」)=統制された、④「知識・技能」と思考・判断・表現が別立てにされた、という四つの大きな違いが見られる。ここでは簡単に批判の視点を記すこととする。

 まず、①については、各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方は重要ではあるが、上から特定の「見方・考え方」が与えられてしまうと、教科の捉え方が矮小化れる可能性がある。特に、保健分野では新学習指導要領でも「個人責任」という見方・考え方に矮小化していることは見落としてはならない。また、③も同様の構図で問題である。上から押し付けの「学習方法・内容」統制では、果たして全国一律ではあり得ない子どもたちの発達的、生活的要求を汲み取った学習指導や学習内容を用意できるのか、甚だ疑問である。

 次に、②については、『三つの柱』の内の特に三つ目の態度についてである。
 戦後教育改革期の学習指導要領(1951年)で育成しようとした民主的生活態度においては、規則やきまりについて「つくる-守る-改善する」ことがセットになったものとして示されていた。しかし、それまでの「試案(発行)」から1958年での「官報告示」へと性格を変えた際には「つくる」と「改善する」にはふれないで「守る」だけの社会的態度へと変質された。それ以降今日まで、態度のねらいからは子どもを主体的にするという思想が欠落し、誰がつくったのかもわからない約束やきまりに従順に従う態度や人間性の育成に向かわそうという力学が働き続けている。こういった歴史的批判の視点もあげておきたい。

 ④については、子どもたちができなくても、わからなくても、「課題が見つける活動を(さえ、引用者注)すればいい」「思考して判断した活動を(さえ、引用者注)すればいい」「他者に伝える活動を(さえ、引用者注)すればいい」とならないかという懸念がある。活動は見た目で判断されやすい。活動の中身を精査しない、形だけの、内実は個々ばらばらな「グループ活動」ではなく、「グループ学習」というキーワードをここではあげておきたい。

3.主な「内容」や「取扱い」に関する批判的検討の視点

 構成について、基本的な枠組みは現行要領からほとんどが引き継がれているが、いくつか気になる「手直し」について、発達的・教材的な視点から言及したい。

 まず、中学年の走・跳の運動(低学年ではこれに「遊び」がつく)と高学年の陸上運動には、内容の取扱いで「投の運動(遊び)を加えて指導することができる」と加えられた。体力テストの投能力低下の実態考慮という一面もあるだろうが、「陸上運動」の三分野(走・跳・投)構成であることから言うと、「取扱い」での補足的説明である(格が低い)ことに疑問がある。また、中学校の陸上競技では相変わらず投種目が扱われていない。

 次に、水泳運動では、前回中学年で導入された「呼吸」が「息を吐いたり止めたり」に修正されている。水中での身体操作の重要性や近代泳法も含めた様々な泳ぎへの発展を考えたならば、「呼吸」学習は不可欠であり、神経系が発達する中学年の時期での「呼吸」の修正、つまり連続的な「呼吸」が外された点については身体発達面からもそぐわない内容となっている。水辺で生活する哺乳類の「呼吸」と陸上生活のそれとの比較も、中学年での水泳運動の学習でぜひとも取り上げたい内容である。

 ボールゲームについては、例えば高学年ゴール型ゲームで「ボールを受けるための動き」が「ボールを持たないときの動き」に変わった。現行では低学年から「ボールを持たないときの動き」があったのが、新要領では「攻めや守りの動き」に修正され高学年に回された形(中学年は継続)となっている。これについては、ボール運動の経験の有無と抽象的思考力の獲得が関わってくる。「ボールを持たないときの動き」は、ボール保持者と守りとの関係から我が立ち位置を考え把握するための抽象的思考力が必要となり、高度な学習であると言える。この攻めや守りのかけひきの原理は「空間のかけひき」であり、そのことには中学校でようやく触れられているが、低学年でも十分ゲームを楽しみつつ「空間」について学習可能な「ボールを持たない動き」も存在する。つまり「ボールを持っているかどうか」ではなく「空間をどのように理解し動きや立ち位置へと導くことができるか」というボールゲームの本質に小学校段階で触れられていないという「学習指導の系統性」の問題を孕んでいる。さらに、ボール運動(球技)の歴史的背景には小学生でも発達に応じた多くの学ぶに値する内容が含まれているが、これも中学校に先送りされるような内容となってしまっている。

4.さいごに

 これまで見てきたように、他教科同様に体育・健康教育においても「学習方法と内容の統制」が強まっていることが大きな問題である。教師の創造的な授業づくりは子どもたちとの対話、教材との対話が重要である。いつの時代もそうであったように、私たち現場の教師の深い学びに支えられた「主体的な」声が必要とされている。