道徳~教科化のねらいはどこ?~

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道徳  ~教科化のねらいはどこ?~

I 領域としての道徳から、教科化された道徳へ

<道徳の学習指導要領等における変遷〉

修身〈戦前〉
 ○筆頭教科
 ○徳目を定め、愛国心教育
 ○戦争の反省から、戦後は廃止
道徳〈1958年版~〉
 ○道徳の時間を特設
 ○学習指導要領が法的拘束力を持つようになる
特別の教科「道徳」〈2018年~〉
 ○教科化に伴い、検定教科書を使用し、評価を行うことに

Ⅱ 道徳の「教科化」の問題点

(1)道徳の特徴   ~歴史とともに道徳は変化する~

 それぞれの教科には、「科学性」に基づく、学問体系とそれによる研究の到達点があり、教科の内容や教科書もそれを無視することはできません。しかし、道徳の場合は、その時々の権力者によって内容が左右される危険性が常に付きまといます。

 また、道徳が教科化されることで教育すべき価値内容を誰が決めるのかといったことが問題となってきます。これを学習指導要領によって規定することで、価値内容を国家がストレートに決めることが可能になります。これは特定の価値観の押しつけにつながる重大な問題です。

 そもそも道徳とは、人間関係を規定する社会的規範の体系のことをいいます。

 そのため、法律や規則、習慣や礼儀・作法などの根底にあるもので、歴史的に変化します。このような点から考えると、今の日本社会が直面する「働くルール」の問題は、現代的な道徳問題といえます。

 「生産性を高くすること」と「人間の尊厳」、「勤勉に働くこと」と「生命と健康」のどちらが価値として重いのかということが問われているのです。

 それを国が一方的価決め、押しつけている徳目だけでは、到底価値判断を行うことはできません。特定の価値観を押しつけ、価値観を統一するのではなく、道徳の時間で大切にしなければならないのは、価値のすりあわせをおこなうことです。

(2)教科書と評価の存在

 道徳が「教科化」されることで、教科書の使用と評価をおこなわなければならなくなります。この2つはとても重要な問題です。教科書に関しては前述の通り、明らかな国の介入があり、特定の価値観が押しつけられていることは明白です。

 そもそも国が検定をおこなうことで、どの教科書においても国家による特定の価値に基づいたもの価なります。それが、道徳であればとても危険です。

 また、教科化によって評価の問題が出てきます。文科省は、「数値による評価ではなく、個人がどのように成長したかを見る、個人内評価て評価を行い記述式」としています。しかし、そもそも子どもの内面を数値化できるはずもなく、心に評価をつけること自体が大きな問題です。

 教科書作成でもとにしたものは、文科省『私たちの道徳』~「よりよい教科書はない」~

 これに加え、教科書会社は文科省『わたしたちの道徳』をもとに今回の教科書を作成しています。実際に「私たちの道徳」で使用されていた読み物資料の反映が多く見られます。そもそも『私たちの道徳』は文科省が作成したものであり、国家による特定の価値観を押しつけるねらいで作られたものです。またどの教科書もこの教材をもとに作られたことで、一定の枠に収まった単一化されたものとなり、同時に冒頭や末尾に設問を入れて読み方を規定し、さら価は「心のノート」と同様にワークシートの書き込みを盛り込んだものなど、22の徳目へ意図的に導くものとなっています。

 多様に価値を認め合うことこそが必要な道徳に対して、どの教科書も特定の徳目へ導くものとなっており、「よりよい教科書」として認めることはできません。

 国が道徳を教科化したねらいは、教科書と評価を通じて、特定の価値観の押しつけを徹底することにあり、このねらいを明らかにしていく教科書検討をすすめることが重要です。

設問とふりかえりスペースの存在

 今回の教科書では、あらかじめ設問を設け、最後にふりかえりを書き込むスペースを設けているものがあります。設問があらかじめ示されることは、子どもたちから本音で語り合うことを奪い、その設問の答えを探す建前を教えることにつながりかねません。また、最後にふりかえりのスペースが設けられていることについて、「心のノート」の作成に大きくかかわった押谷由夫氏(元昭和女子大)は、「各社が教科書に盛り込んだ設問を予習に活用し、授業て話し合って多彩な意見を知るといった指導もできるだろう」(3月25日「日経」)、「ワークシートの記述は、教師の評価に役立つだけではなく、子供が後で何度も読み返し、自分の成長を実感できる」(3月25日「読売」)と述べています。しかし、そこには教師の評価が書かれており、そのようなふりかえりを何度も見ることは、心の成長を見るものではなく、教師に評価された特定の価値観に基づいたものの刷り込みにつながります。

 設問→文章→ふりかえりスペースといった流れを貫徹することは、授業の画一化を生むだけでなく、特定の価値観を刷り込み、押しつける装置でしかありません。

Ⅲ わたしたちが大切にしたいこと

① 憲法と教育の条理、子ともの権利条約に基づいた、民主的道徳教育の視点を大切に、実践を展開しよう

 民主的道徳教育をすすめる上で鍵になるものは、「自主性」と「人権尊重の精神」です。道徳的諸価値の構造の根底にあり、全体を基礎づける価値が「自主性」であり、構造の全体を貫くものが、「人権尊重の精神」といえます。そのため、憲法に基づく民主主義の精神、人権尊重の精神が目標、内容、方法に貫かれていることが重要です。

② 教科書を使うことに縛られない実践で乗り越えよう

○教科書の使用義務はあります。しかし、その他の教材を使用することも認められています。そして教科書はあくまで、「主たる教材」です。

「前項の教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なものは、これを使用することができる」(学校教育法第34条第2項)

「『教科書』とは…主たる教材」(教科書の発行に関する臨時措置法第2条)

○中央教育審議会も読み物資料に偏った授業は否定しています。

 「道徳教育の指導方法をめぐっては、これまでも、例えば、道徳の時間において、読み物の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導が行われる例があることや、発達段階などを十分に踏まえず、児童生徒に望ましいと思われる分かりきったことを言わせたり書かせたりする授業になっている例があることなど、多くの課題が指摘されている」(中央教育審議会「道徳に係る教育課程の改善等について」)

○学習指導要領も特定の価値観を押しつける教材を否定しています。

「多様な見方や考え方のできる事柄を取り扱う場合には、特定の見方や考え方に偏った取り扱いがなされていないものであること」(学習指導要領)
これらを活用し、教科書に縛られることなく、目の前の子どもたちにあった資料を使った授業をつくりだしましょう。

③ 評価することされることに教師も子ともも縛られず、記述評価の利点をいかし、子ともたちに励ましの評価を

○評価は子どもたちを励ますものです。

 評価というものは、子どもたちをランク付けすることではなく、子どもたちの普段の様子や、学習の到達点をさらに伸ばし高めるために、子どもたちを励ますものでなければなりません。

○記述式評価の利点を生かし子どもたちの良いところを記述しましょう。

 文科省は「数値による評価ではなく、記述式で評価を行う」としていますが、そもそも子どもたちの心に評価を行うことは大きな問題です。

 そして、記述式であれ、そこで特定の価値観を押しつけるようなことがあってはなりません。

 しかし、記述式評価をおこなわなければならないのは事実です。記述式評価の利点をいかし、子どもたちのよいところを積極的に書き、子どもたちが励まされる評価にしていくことが非常に重要です。また、子どもたちが評価を気にしすぎて建前を書くような授業ではなく、本音を出せる授業のためにも、道徳のみならず、学級活動や学校活動全体を通じて、子どもたちが本音を出せる、出しあえる環境づくりもあわせて重要となってきます。

④ 批判的検討力を身につけることが大切

○教科書の記述を逆活用するのもあり!

 教科書の内容を子どもたちが鵜呑みにすることは非常に危険です。むしろ、「教科書に書かれていることは本当にそうなのか」、「教科書に~と書かれているけれども、なぜそうなるのか」といったように、内容を批判的に見て、批判的に問う力を子どもたち価身価つけさせることが大切です。その時の考える視点は、事実や根拠に基づいたものであり、議論をおこなう場合も合意をもとにすすめられることが重要になります。

○価値の統一ではなく、価値のすりあわせが大切

 文科省は「考える道徳」と「主体的・対話的で深い学び」を押しつけようとしています。対話をおこなうことで大切なことは、価値を統一することではなく、「価値観のすり合わせ」をおこなうことです。これ価より、お互いを理解すること、認めることができ、「道徳的価値認識」を高めることができます。このような価値のすり合わせをおこなおうと思うと、当然教科書通りの枠にはまったものでは限界があります。

(『おおさかの子どもと教育』85号p14~17 久田敏彦論文参照)

 道徳の教科化を、「戦争する国づくり」のための、国家に従順な人づくり(=戦争する人づくり)に利用しようとする反動的意図を許さないためにも、教科書に書かれていることに従順に従うような授業や、国家に従順な人づくりではなく、物事を批判的に分析し、他人と議論を重ねる中で、価値をすり合わせ、認識を高めていける子どもたちを育てることが、いま重要になっています。

道徳教科書検討の視点

(1) 憲法・子ともの権利条約にもとつく徳目や、教材になっているか

(2) 真理・真実に基づく内容で、科学的精神・合理的精神・批判的精神を育むものとなっているか

(3) 子どもの成長・発達段階にそくしたものになっているか

(4) 特定の価値観を押しつけるものになっていないか

(5) 子どもの生活の事実や関心から遊離したものになっていないか