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英語 4月からの移行期間をどうするか
-小学校教師の強みを生かして

大阪教育文化センター「学習指導要領問題」研究会
『おおさかの子どもと教育』90号 2018.2.所収

1はじめに-学校英語教育は何のため?

(1)「習うより慣れよ」「早ければ早いほどよい」の思い込み

 政府は東京オリンピックが開かれる2020年度から小学校の英語教育を全面的に実施しようとしています。早期英語教育に期待している保護者も多くいます。
 しかし和歌山大学・江利川春雄氏は、「英語は早く学んだ方が身につく。英語は英語で教えた方がよい。グローバル化には英語が必要などといった主張は根拠・実証のない思い込みである」と小学校英語の早期化に反対しています。

<参照>母語と外国語の習得過程は異なる

*有名な心理学者のヴィゴツキーは「子どもの母語と外国語の習得の仕方は正反対」と指摘。つまり私たちが母語である日本語を身につける過程は無意識ですが、外国語はその言葉のルール(文法)を理解しなければ、「習うより慣れよ」「浴びるように英語を聞け」という「常識」では習得できません。

 私たち日本人にとっては英語はあくまでも「外国語」です。ところがメキシコ人移民のように、スペイン語が母語であっても生活環境で英語を使うことが迫られる場合は、英語は外国語ではなく「第2言語」です。フィリピンやシンガポールでも同じです。英会話スクールではなく学校英語教育がめざしているのは、「外国語教育であって、第2言語習得ではありません」。

 ここを混同すると小学校英語導入の本質がつかめなくなります。

(2)英語は入門期の指導が一番むずかしい-小学校現場は専科を求めている

 移行措置期間にむけて小学校英語の担当者などを集めて行った研修会で、府教委の担当者から「大阪府版年間指導計画(案)」(We Can!の活用、各単元の目標、「読むこと、書くこと」に係る指導例など)にもとづいて授業計画の作成や授業内容を考えるように言われて、「こんなこと比較的英語が好きな私でもどうすればよいかわかりません」と悩んでいます。

 また「外国語活動」で「書くこと」を先行実施して取り組んだある学校では、6年生の児童がwerit drans(正しくはwrite, dance)と書いていて、中学生には見たことがないスペル・ミスが多く見られたと報告がありました。超多忙な中すべての教科を教え、そのための教材研究を毎日している小学校の学級担任は本当に大変です。

 免許のない小学校の先生に「教科としての外国語」をさせるのは無謀と言わなければなりません。新学習指導要領の抜本的な見直しを行うこと、また小学校で教科としての英語を導入するのであれば、せめて英語の専科教員を配置すべきです。

(3)外国語活動と教科としての小学校英語はどこが変わるか?

 これまでは教科外の「活動」だったので、技能(英語で読む・書く・話す・聞く)の習得をめざすものではなかったのですが、教科になると技能の習得を目標としなければならなくなります。音楽の教師が歌や楽器がある程度できなければ困るように、英語を教科として教えるのなら教師にもある程度技能が必要です。

 今でも過密な教育課程の中でこれ以上学級担任の負担を増やすのは無理があります。小学校の児童の実態をよく知っている教師がその発達段階をふまえた上で、専科として教えることが現実的です。家庭科と英語あるいは図工と英語を一人の教師が専科として教えているという例もあり、各学校の実情によってそのような校内人事も選択肢のひとつとして考えられるのではないでしょうか。

2 4月からの移行期間を目前にして

(1)目の前の子ともたちから出発した教育課程づくりを

 4月から移行措置期間に入り、小学3・4年生は年間15時間の授業、5・6年生は教科として技能の習得を目標とする「外国語(英語)」を現在の35時間の「外国語活動」に15時間加えた50時間行うことになります。そして文科省は年間最大15時間までは、「総合」の時間を充てることを特例として認めるとしています。これも大きな問題です。「総合」の時間を簡単に削ってもいいのでしょうか。

 このこと自体が子どもたちや教職員にとって新たな負担になります。この間学習指導要領が変わるたびに「ゆとりの時間」や「中学校の個人選択」などが出され、その都度現場は右往左往させられてきました。目の前の子どもの実態に合わせて、それぞれの学校で教職員貝の合意をもとに教育課程を創っていくことが求められています。

(2)小学校教師の強みは?-全ての教科を受け持ち子どもをよく知っている

 学習指導要領にも「教科横断的な学習を充実させ」と書かれています。各教科の専門分野の知識技能ではなく、小学生の発達段階をよく知り、図工や音楽などの芸術から算数や国語などの教科まで、一人ひとりの学びを保障することは他校種にはない大変さであり、同時に小学校教師の強みです。

 ALTなど補助教員貝は、英語を教えるわざは持っていても子どもたち一人ひとりの学び方や性格の特徴をつかんで教えることは困難です。

 小学校「外国語」教育は、英語に限らずさまざまな外国語のことを知ったり、母語と比較する活動を通して、国語や算数などこれまでの教科指導で充実させてきた小学校教育を、外国語という視点を加えることによってさらに充実させることが大切です。

(3)スキル中心では子どもの心は離れていく-「外国語教育の4目的」をよりどころに

 指導要領には、「…音声や基本的な表現の習得に偏重して指導したり、「聞くことができること」や「話すことができること」などのスキル向上のみを目標とした指導が行われたりすることは、本来の外国語活動の目標とは合致しない」(H20年「解説」より抜粋)とあります。

 学校教育の目的は、子どもたちの人間性を全面的に発展させるためで、英才教育の場ではありません。しかしこと英語になるとその視点が見失われてしまいがちです。

 スキル重視でその時間のターゲットになる英語のフレーズを子どもに言わせるためのドリル的な学習ばかりや子どもの実感や思考が伴わない授業ではなく、広く「ことば・文化」についての認識を深め、異文化との出会い、広い世界へと目を向ける意欲を育てる授業を創造しましょう。

 小学校英語を考える際にも、私たちがこの間教職員貝組合や民間教育団体の教育研究活動を通じて確立してきた「外国語教育の4目的」がよりどころになります。

【外国語教育の4目的】(2001年)

1 外国語の学習をとおして、世界平和、民族共生、民主主義、人権擁護、環境保護のために、世界の人びととの理解、交流、連帯を進める。

2 労働と生活を基礎として、外国語の学習で養うことができる思考や感性を育てる。

3 外国語と日本語とを比較して、日本語への認識を深める。

4 以上をふまえながら、外国語を使う能力の基礎を養う。

(4)全国のこれまでの実践から学ぶ

 総合的な学習(国際理解)、国語科でのローマ字学習、外国語活動でのアルファベット<実践例1>参照、国と国とのつながりを学ぶ社会科などと関連づけて学習できるのが小学校の特徴です。「外国語活動」が導入されてから、この間小学校の先生たちが苦労して積み上げてきた実践や教材があります。

 小学校英語の「教科化」は抜本的に見直すことを展望しつつ、対応が迫られる4月からの移行期間の「外国語(活動)」について、基本的な授業のあり方を考えてみたいと思います。

① 他教科とむすびつけて……子どもたちが思わず考えたくなる授業を

・絵本を外国語活動の導入時に使って日本語でイメージをふくらませる。
・食べ物を英語だけでなく日本語や中国語の文字を示して考えさせる授業。
・タングラムの授業-3年生の算数「形で遊ぼう」を外国語活動と組み合わせて、三角形・四角形・円などの英語を示しながら。
・算数「割合」の授業言もし世界が100人の村だったら If the world were a village of 100people を使って

② 子どもの人格形成につながるテーマ別英語活動

「国際理解」をテーマに様々な国籍の外国人から、衣服・食べ物などを紹介してもらったり、一緒に料理をつくるなど
環境、人権 My life -私のいのち(私の名前・誕生日)、平和 One world

③ 子どもたちは歌が大好きです。

 楽しく歌うことで英語のリズムやイントネーションを感覚的につかみます。ただ流行っているという理由だけでなく、メッセージが込められていたりくり返し同じ表現が出てくるような歌は小学生にも喜ばれます。

・エーデルワイス・ドレミの歌(映画「Sound of Music」より)、We Are the World Happy Xmas, ・ We Can Stand
・Let It Go(映画「アナと雪の女王」より)
フレーズごとに様々な言語に切り替わり歌手や声優が登場する動画で、世界の広がりと「人」を意識させる。
<実践例2>参照

④ 言語を扱う教科としての国語と英語言いろいろな言語を学ぶこと

<参照>

大津由紀雄氏(慶応義塾大学名誉教授)は、「言語を使って表現できる素晴らしさに子どもが気づくきっかけを作ることが、小学校の言語教育において重要」と述べて、具体的に(1)世界にはいろいろなことばや文字(ハングル、アラビア文字、ローマ字など)があり(2)早口ことば、方言、短縮語(ハリポタ、USA)語順などどれも日本語と他の外国語の違いを知ることで言葉の不思議さを感じさせることができると強調されています。

 「外国語は世界を見る窓」と言われています。英語だけでなく日本語と同じ構造の朝鮮語、漢字文化圏の中国語などいろいろな外国語にふれることで「ことばって面白いな」「学びたいな」という意欲がわいてきます。これこそ小学校教育の本質です。

 これまで様々な実践や教材についてふれてきましたが、全国には「すべての子どもたちにゆたかな外国語教育を」と日々取り組んでいる多くの仲間がいます。
 新学習指導要領に示されたスキルに偏った英語ではなく、人格形成と結びつけて教材の内容や質を重視し、小学校の強みを生かした実践を創り上げていきましょう。

<実践例1>
・世界につながるローマ字学習=世界の言葉・世界の文字

① ローマ字の学習などを通じて、その規則性ととともにローマ字は「かな文字」とは違って子音と母音を別々の文字で表すことができることを理解させる

② 母音と子音を分けてラテン文字のアルファベットを用いる表記法が世界のさまざまな地域で使われていることを知り、ローマ字学習への意欲を高める

③ アルファベットの各文字には名前と読み方があること、アルファベットの起源

④アブクド読みから音の足し算(d+o+g=dog)へ。

 日本の子どもたちは自然に子音と母音が切り離せることに気づきません。小学校ではフォニックスの前に、まず子音と母音が切り離せることをローマ字の学習などを通じてきちんと理解させることが必要です。ヘボン式のローマ字で音声と結びつけながら指導することは小学校の教師なら十分できます。それが結局、子どもたちが中学校へ行ってから本格的に英語を学習し始めたときに役に立ちます。

<実践例2>
・We Can Stand-子どもたちの心を動かす

 水俣病に苦しめられた松永久美子さんのことを歌った“We Can Stand”。 熊本県で英語の先生をしていた古内敬子さんの詩に黒坂正文さんが曲をつけました。

① 子どもたちとグループで「どんなことができる?」「できないことは?」と日本語でたくさん出し合います。

② 助動詞 can を使って。sit,run,walk,sing a song など動詞の語彙はカタカナ英語をまじえて増やします。

③ ところが4番から cnnnot で彼女のできないこと、彼女は21歳なのに体重は15㎏しかないことがわかってくると教室はざわめきます。授業の最後はみんなで大きな声で歌って終わります。この歌でCanの持つ深い意味と水俣病のことを知ったことが子どもたちの心を動かします。
※ なお、実践については、この間の教育のつどいの発表や雑誌に掲載されたものから紹介することができます。 詳しくは教文センターにお問い合わせ下さい。

*WeCanStand  (作詞 古内敬子、作曲 黒坂正文)

1.
We can stand.
We can sit.
We can walk.
We can run.

2.
We can speak.
We can see.
We can think
We can hear.

3.
We can throw a ball.
We can write etters.
We can read a book.
We can sing a song.

4.
La la la
But.she.cannot.stand.
Look.at this.picture.
This girl is Miss Kumiko Matsunaga.
She is twenty-one years old.
She is only fifteen kilograms.
She is avictim of Minamata disease.

5.
She cannot stand.
She cannot sit.
She cannot walk.
She cannot run.

6.
She cannot speak.
She cannot see.
She cannot think.
She cannot hear.

7.
She cannot throw a ball.
She cannot write letters.
She cannot read a book.
She cannot sing a song.

8.
She can only
She can only cry
She can only cry
cry and sleep.
Do you know Minamata disease?